貴方の決意に、何と言えばいいのか分からなくて。
ただ二つ、言うことがあるとすれば。
貴方に、生きてほしかった。
大好きです。
「余命1年です」
私は、ご家族の前でその時を告げた。
本人の少女は、ナースステーションの近くにあるプレイルームで遊んでいる。
無機質で何もないこの部屋で時を告げるのは、一体何度目だろうか。
「…もうあの子は、助からないんですか?」
少女の母親が、震える声で聞いた。父親は覚悟をしていたのか、それでも苦しそうに目をきつく閉じている。
「…まだあと1年くらいは、時間があります。ですが…」
言葉が詰まる。何と言えばいいのか。
一つため息をついて言った。
「明日、何かない保証はありません」
そう言った時、この無機質な部屋を唯一飾り立てていたアンティークの掛け時計が、ぽーん、と時を告げた。
恋をした。
そうしたら、周りの景色がガラスや透明なものを通して見ているみたいに、きらめいて見えた。
きらきらきらきら。何だっけ、この感覚。
…ああ、思い出した。遊園地のメリーゴーランドだ。
きらきらきらきら。馬に乗って、きらめく電飾の中を巡っていく。一周したら、馬の上から見える景色は同じなのに、なぜだか飽きずに首を回して同じ景色を見る。
それとそっくり。いつも見ている景色なのに、こんなにきらめいて見えるなんて。
恋はメリーゴーランドみたいな幻想かもしれないけど、悪くはないかもしれない。
明日は何時に起きようか。
明後日は何をしようか。
その次は何を食べて、その次はどこに行こうか。
暗い場所で、小さな蝋燭の灯火が灯る。
希望とは、生きているということ。
光の見えない心の中で、ぽつぽつと灯火が灯るということ。
友達から誕生日プレゼントにもらった、レモンの香りの香水。それから逃げるようにベランダに出て、煙草に火をつける。煙をくゆらせて、焦げた匂いで鼻に残っていた酸味の香りを誤魔化した。
あの人は、微かにレモンの匂いがする人だった。
「香水?柔軟剤?」と尋ねても、「何もしてない」と困ったように笑う人。爽やかに透き通っているような人。その人の匂いを嗅ぐと、自分も明るくなれた。
だから私も、レモンの香りが好き、だった。
棺で眠っている彼と出会った時、もう私が好きなレモンの香りはなくなったのだと悟った。それからは、煙草の臭いで自分の中を汚していった。彼はもういないのだと言い聞かせるように。レモンは腐ってしまったのだと言い聞かせるように。
美味しいはずの煙草が、何故か苦く感じて興ざめになる。ベランダの床に置いてあった灰皿に、煙草をぐりぐりと押し付けて、頭を掻きながら部屋に入った。
机の上で、ふわりとレモンが香る。何年も蓄積された汚れが、さらりと簡単に流されていく。
それが気持ちよくて、でも苦しくて、涙が止まらなかった。