「こんなものしかなくて、ごめんねえ。こんなの古臭くてやだよねえ」
祖母はそう言って、先ほど申し訳なさそうに出したドロップ缶を下げようとしたので、良心がちくりと痛んだ俺は「食べる」と無理矢理受け取った。
缶を傾けると、ころんころんとカラフルなドロップが転がり、手のひらを彩る。
無心に舐め続けていたら、ふと視線を感じた。
顔を上げると、4,5歳くらいの幼い女の子が大きな目をらんらんと光らせ、頬を林檎のように赤く染めてじっと見ていた。
どんな対応が正解なのか分からず固まっていると、女の子が口を開いた。
「それ」
「…え?」
「いっこ、ちょーだい。いっこだけ」
「…う、ん」
ぎこちない仕草でドロップを差し出すと、女の子は「ありあと」と舌足らずに感謝を述べ、ふっと消えてしまった。
そこへ、祖母がお茶を持ってきた。
「ばあちゃん、この辺に小っちゃい女の子がいる家族とかいる?」
「いや、この辺は全部じじばば農家の家だよ?」
きょとんとした祖母に、慌てて先ほどの出来事を話すと、祖母は目元の笑い皺を深く刻んで声を転がした。
「昔みたいだねえ。甘いものは虫歯になるからだめって言われてたから、よく『いっこ、いっこだけ』って母に強請ってたよ。なつかしいねえ…」
その頬の色は、あの女の子と同じ色をしていた。
からんからんと入り口のベルが鳴り、目当ての人物が入って来る。
「お待たせ」
「全然。私も今着いたとこ」
嘘その②。本当は30分前からいる。
「で、なに?いきなり呼び出して」
「単刀直入で悪いんだけどさ、あたし達もう終わりにしない?」
「…は?なに、何の冗談」
「冗談じゃないよ。本気」
嘘その③。本当は冗談にしたい。
「分かった、今日エイプリルフールだからそんなバカなことしてんだろ」
「別にエイプリルフールは関係ない。というかそもそもあたし達ちゃんと付き合ってるわけでもなかったでしょ。飽きちゃったの」
相手は私の一切揺れ動かない目を見て、悔しそうに顔を歪ませた後、目の前に置かれたお冷をがぶ飲みして立ち上がり、こちらに目をやることもなくお店を出た。
また、からんからんとベルが鳴る。
テーブルの上に置いている拳をじっと見つめる。
本当の本音は、彼のことを好きになりかけていた。でも相手がこんな私では、彼に迷惑をかけてしまう。
だから私は自分にも嘘をついた。"好き"を認めてしまって形が成される前に否定すれば、元に戻るだけだから。
これが、一番最初についた嘘その①。
「⸺。以上のことから、最高決議にて非能力者の社会的地位向上推進政策を可決いたします。全ては我が国の愛と平和のために。それでは閉会いたします」
椅子に座っていた偉そうな人々が、わらわらと立ち上がり退出し始めた。
それを横目に、ふう、と私は息をつく。
世論では、決議前に公開されたこの法案に多くの批判の声が寄せられた。しかしその大半が能力者であり、彼らは自分達の優越感を侵されることが嫌なのだ、という理由から法案の可決が可能になったのである。
ばかばかしい。何が「愛と平和のために」だ。
非能力者の社会的地位向上だなんて言葉は良いが、客観的に考えれば、あまりにも優し過ぎる待遇である。優し過ぎて吐きそうなくらい。
私は非能力者である。政界に入ったら「非能力者の星」「非能力の開拓者」なんて持ち上げられたが、私は単純に「能力者・非能力者など関係なくみんなを幸せにできないか」と思って政界を目指した。
どうすれば、能力者も非能力者も同じように生活しやすくなるのか。
それを考えて実行していくことが、本当の「愛と平和のために」ではないのか。
ばかばかしい。
「…このことから、『枕草子』は関白であった藤原道隆の時代を称えている作品であると読み取れます。『源氏物語』の作風とは対であると考えられますね」
1000年以上前、二人の女性が己の才一つで名を馳せた。活躍した時期も近いので、よく並べられたり、比較されたりすることも多い。
でも二人が書き物をしようと思った理由はそれぞれで、その想いの結晶がこうして1000年先まで届いているのだ。
想いは水のように形を変えて色々な人の身体に染み渡り、遠い未来へと繋がれていく。
届くと、いいな。届いて、ほしいな。
この感動が、1000年先の未来にも。
紅葉の落ち葉で赤く染まった道を、買ったばかりのワンピースと白いブーツで進んで行く。
彼と別れてから半年が経った。共通の知り合いによると彼はけっこうダメージをくらっていたらしく、今も恋愛には乗り気ではないようだ。まあ私から別れを提案したからそりゃそうか。
彼がくれた思い出の品々は、紙袋に詰め込んでガムテープで固く封印した後、油性ペンで特級呪物と書いて物置部屋の奥深くに放り込んだ。
最初は実用的なものは残しておこうかとも思っていたけど、今は全て物置部屋に永眠させた。
だってもう必要ないもの。彼が「似合ってる」と言ってくれたものがなくても、じゅうぶん可愛くなれるもの。
自分が選んだもので可愛くなって、自分で自分を笑顔にしたい。
今日のファッションは完璧だ。特にブーツの白が赤い紅葉に映えて、最高におしゃれだ。
高級感溢れる赤い絨毯の道を、得意気に進んで行った。