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「このように手を合わせて、ただただ真摯に祈るのです。どうか安らかに。どうか平穏に」
紫色の頭巾を被ったニョインサマは、柔らかな手つきで手を合わせる。それを見た名無しの少女は、口をへの字以上にひん曲がらせた。
「なんだいそれ。そんなんで腹はふくれねえし、そもそもあんたの家族とか仲間は全員壇ノ浦の海の下だろ。あたしのおっとうとおっかあも飢え死んだ。届くわけがねえ」
すぐ側に控えていたお付きの尼が少女に「女院様です!!!」と噛み付いたのを制して、建礼門院徳子は深く微笑んだ。
「そうですね。私の祈りや願いを聞き受け取る者はもういない。それでも皆を思はずにはいられず、手を合わせてしまう私は、未だ現世に未練を残しておるのやもしれません。出家したというのにね」
ふと、茶目っ気たっぷりだった彼女の表情が儚く揺れる。
「けれどもそれは私のやるべきことであり、どうしてもやっておきたいことなのです」

6/17/2025, 1:02:35 PM