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友達から誕生日プレゼントにもらった、レモンの香りの香水。それから逃げるようにベランダに出て、煙草に火をつける。煙をくゆらせて、焦げた匂いで鼻に残っていた酸味の香りを誤魔化した。
あの人は、微かにレモンの匂いがする人だった。
「香水?柔軟剤?」と尋ねても、「何もしてない」と困ったように笑う人。爽やかに透き通っているような人。その人の匂いを嗅ぐと、自分も明るくなれた。
だから私も、レモンの香りが好き、だった。
棺で眠っている彼と出会った時、もう私が好きなレモンの香りはなくなったのだと悟った。それからは、煙草の臭いで自分の中を汚していった。彼はもういないのだと言い聞かせるように。レモンは腐ってしまったのだと言い聞かせるように。
美味しいはずの煙草が、何故か苦く感じて興ざめになる。ベランダの床に置いてあった灰皿に、煙草をぐりぐりと押し付けて、頭を掻きながら部屋に入った。
机の上で、ふわりとレモンが香る。何年も蓄積された汚れが、さらりと簡単に流されていく。
それが気持ちよくて、でも苦しくて、涙が止まらなかった。

8/30/2023, 2:08:28 PM