「短冊どうぞー!」
駅前を通って家路を急いでいると、イベントか何かをやっていたのか、お姉さんから黄色の短冊をもらった。そうだ、今日は七夕か。
あいにく願い事もないし、好きな人もいない独り身の私にとっては良縁を願う相手もいない。どうしたものか。
無難に家族安泰と書くか?それはそれで照れるから嫌だ。ならば世界平和?…それは無難と言うのだろうか。
願い事。願いごと。ねがいごと。考えを巡らすうちに、幼い頃の記憶にタイムスリップする。
あの時私は…そうだ。《お友達ができますように》とお願いしたんだ。口下手で、上手にお喋りができなかったから。ちょっと周りの子達とは違う雰囲気があったから。
家に帰り、ボールペンを手に取る。厚紙の素材でできた短冊の黄色が、もらった時より鮮やかに見えた。
《あの子に、一人でもいいので、とっても素敵なお友達ができますように》
学校の廊下を、一緒に手を組みながらスキップして大爆笑したりとか。
黒板に絵を書きまくって、「画伯じゃん(笑)!」とお互い言い合ったりとか。
人通りの少ない階段で、秘密の話をしたりとか。
卒業したら、こういう時間が懐かしく思うようになるんだろうなって思ってた。だから大切にしなきゃねと。
でも分かってなかったんだ。卒業したら、もう二度とあの親友達とこういう時間を過ごせないんだって。
卒業してようやく気づいた。
秋の夜空で瞬く星を、縁側でぼんやりと眺める。喪服だとほんの少し肌寒い。
そういえば、『銀河鉄道の夜』も星の綺麗な宇宙空間を、ジョバンニとカムパネルラという二人の少年が、銀河鉄道に乗って旅する話だった。学生の頃の現代文の授業という、遠い遠い記憶を思い出す。
最後、地上に戻って来たジョバンニは親友のカムパネルラが事故によって亡くなってしまったことを聞かされる。さっきまで一緒に旅をしていたカムパネルラは、もう既に亡き人だったのだ。そして二人で乗っていた銀河鉄道は、亡き人が遠い遠いどこかへと行くために乗るものなのだと悟るのだ。
今、母はあの瞬く星の中を旅しているのだろうか。私を夜空から見下ろしているのだろうか。
母さん、どこにいますか?ずっと側に、いますか?
絶対に愛してはいけない貴方を、愛してしまったこと。貴方を守るために傷つけてしまったのに、それに傷ついてごめんなさいと思ったこと。
絶対に夢見てはいけないことを、夢見てしまったこと。
辛かったけれど、苦しかったけれど、全部全部大切な宝物なのよ。貴方が、全ての心を私に捧げてくれたことが、本当に嬉しかったのよ。
これが、神様と私だけが知っている秘密。
この道の先に、私が行ってみたいと願う場所はあるでしょうか。本当に、正しい道なのでしょうか。
私に何ができるのか、何の才能があるのかは知らないのです。ただ持っているのは、未熟な力と、ちっぽけな希望と、幼い情熱だけなのです。でも、それを捨てて生きていけるほど、私は器用な人間ではありません。
だから、進むのです。苦しくても、やめたくなっても、やっぱり私は私でいたいから。
進んだ先が今望んでいる場所でなくとも、未来の私は、私が私でいられる場所を選んで進んだのだと信じて。