「おめーマジでバカじゃん。今日雪降るってニュースで言ってたよ」
「誰が?」
「もりちゃんが」
「はいはいバカはあんたね」
横で幼馴染が、「もりちゃんは歴代お天気のお姉さんの中でもダントツで可愛いんだよ!」と騒いでいる。
ちくりとする胸と、沈んでしまう表情を隠すようにマフラーに顔を埋めた。彼は、お天気のお姉さんを可愛いと言っても、それ以上に近くにいる私のことは可愛いと言ってくれない。言ってもらっても苦しいだけだが。
彼はそういった"線引き"をさり気なくしてしまう人だ。だから私がたとえ勇気を出しても、もう既に「違うよ」と示されているから報われない。彼女もいないのに。
なのに時々、こうやって優しくしてくるから辛い。"線引き"をされるからこそ、彼からの優しさはただの情けだと感じる。
もう我慢できなかった私は、彼が持っている傘をはたき落とした。
「おい!何すんだよ!」
「ばっかじゃないの!私ら幼馴染なんだよ!何で相合傘なんかしてんのよ!」
「何でって、お前が傘忘れたからだろ?」
「気色悪い!ほんとばっかじゃないの!」
そのまま私は一人で走って帰った。
頭にかかる雪が冷たくて冷たくて、何度も頭を振った。
涙は頬で凍るなんてこともなく、重力にしたがって流れていった。
「いいかい。父さんはこれから自由落下をするからね」
そう言い残して、研究者だった△△の父は、飛び降り自殺をした。
△△の両親は早くに離婚していた。仕事がある中で家事をし、その上△△を育てていたのだから、父はどこか追い詰められていたのかもしれない。気がつけば、父の機嫌を損ねて手をあげられることが日常となっていった。
ある日突然、マンションの屋上に連れて行かれて、△△は遂に自分が殺されるのかと怯えたが、そうではなく父が死んだ。
愛や優しさというものを、自分は知らない。施設に入って、たくさんの人に優しくしてもらった。自分は、その人達の真似をして誰かに優しくしたり、共感したりした。だから本気で心から優しい気持ちが溢れだしたことなど、死ぬまで一度もなかった。
愛されてみたかった。そして自分も、心の底から人やものを愛せる人間になって、優しい人だと言われたかったのだ。
こんにちは。カコだよ!あなたはミライちゃん。あともうちょっとで、お母さんに会えるんだよね!楽しみだね!
外の世界は、きっと楽しいんだろうな。危ないこともいっぱいあると思うけど、きっと大丈夫。だってミライちゃんのお父さんとお母さん(カコ達のって言った方が良かったかな?)はすっごく優しい人だもの!
カコと会えないって知った時、たくさんたくさん悲しんでくれた人達だもの。ミライちゃんが来てくれたって気づいた時、「お姉ちゃんありがとう!!!」って、ずっとカコのことを覚えててくれてた人達だもの。
ミライちゃん、お父さんとお母さんに、ごめんねとありがとうって、伝えてくれる?何もできなかったのに結局会えなくなってごめんねと、カコを愛してくれてありがとうって、伝えてほしいんだ。それでねミライちゃん、たくさん泣いて、たくさん笑って、それで大きくなってね。夢を目指そうとする自信を持って、一つ一つの出来事や一人一人の人を愛おしいと思う気持ちを忘れないで。
あ、出口が開いてきたよ!頑張れお母さん!頑張れミライちゃん!
バイバイ。カコ、そろそろ消えちゃうみたい。
愛してるよ。ずっとずっと、大好きだよ。
むかあしむかし、ひとりぼっちの女の子がいました。
女の子は本がだいすきでした。いつもちいさなお部屋で、ちいさく背中を丸めながら、むちゅうになって本をよんでいました。ときには時間をわすれてしまって、お昼ごはんをたべられなかったときもあります。
女の子は、本の世界しか知りませんでした。だから、まわりのお友だちから、じぶんのことをひそひそ言われていても、気にしませんでした。というより、本が女の子のお友だちでした。
セツナイきもち、やさしいきもち、くるしいきもち。
女の子は、ほかのお友だちよりも早く、オトナがあじわうきもちを、本から教えてもらいました。
そうして女の子は大きくなっていき、言うのです。
「あの時、たくさん本を読んで良かった。私は独りぼっちで辛かったけど、決して不幸せじゃなかったわ。寧ろ、世界一幸せな女の子だって言えるくらいね」
「おじいちゃんの五周忌、2ヶ月後だからね」
事務的な口調で一方的に姉からの電話が切れた。声を聞いたのは、3年ぶりだ。
正反対の姉妹だった。友達が多くて明るい姉と、根暗で独りぼっちの妹。器用で大体何でもできる姉と、不器用でできるものしかできない妹。愛嬌があって周りから愛される姉と、無愛想で周りから怖がられる妹。
幼い頃は、きらきらしている姉が自慢で、「お姉ちゃんすごいね」と言われる度に姉を誇りに思っていた。でも、大きくなってきたら何故だか姉が憎くて憎くて仕方なかった。
羨ましかったのだ。人の求めていることを読める能力も、それを実行できるほどの優しさも。けれど自分には絶対にできないことだと分かっていたから、どこかで姉を追いかけるのは諦めていた。
なのに、どうして?
そうやって、私の前で弱音を吐かないでよ。「無理しないでね」って、労ってもらわないでよ。できることが本当に羨ましいのに、「辛い辛い」って、言わないでよ。あなたが側にいると、私が空っぽで小さく思えてしまうんだよ。
分かってる。これは、ただの妬みだとは分かってる。だけどそれを抑えることができなくて、私は高校の卒業式の前日に、姉と、家族史に残るレベルの大喧嘩をした。
次の日、「これでもう二人はバラバラになっちゃうから」って両親に言われて、お互い貼り付けたような作り笑顔で、雨が降りそうで降らなさそうな、曖昧な空の下、しぶしぶツーショットを撮った。それから全く、話したり会ったりしたことはない。
当たり前だけど、姉は私に冷たくなった。それがまた辛かった。両親も、私の前で姉の話をする時は腫れ物を扱うような態度になった。
家族をこんな風にしてしまったのは、私のせいだ。姉と最後に写真を撮った時、本当は泣いてしまいそうだった。でも今更子供みたいに泣くなんて恥ずかしかったから、必死で悲しみを押し殺していた。今でも曖昧な空模様を見ると泣きそうになって、どうしてだか「…お姉ちゃん」と、呟いてしまう。