香草

Open App
1/7/2025, 9:45:29 AM

町中に警報が鳴り響き、人々は家のドアを固く閉めた。
警察が町の出入り口を固め、ねずみ一匹の逃走も許さない。
無線での声と怒鳴り声、そこから少し離れた路地に走り抜ける2つの影。

「おい、どうする?」
肩で息をしながら一人が囁いた。
「全部の門を封鎖された。警察がここまで多いと思ってなかったぜ。迂闊だったな、相棒。」
そう言ってもう一人の肩を叩いた。
「ああ。だが、諦めるにはまだはえーぜ。」
相棒と呼ばれた一人は空を仰いだ。
空は雲が一つもなく、暗い路地からは美しい星が見える。
こいつといる時はいつだって満点の星空だな。声に出して言わないが、これまでの泥棒人生こいつがいなかったら、生きることはできなかっただろう。
最初は生きるために食糧を盗んだことが始まりだった。悪ガキとして町の住人からつまはじきにされ、施設を追い出された。その後、盗むの時のスリルや計画通り盗めた時の興奮が自分たちの唯一の娯楽となり、いつのまにか警察に追われるようになったのだ。
一つ間違えれば死ぬような瞬間を生き抜く中で、悪友や兄弟とかではない、自分の分身としてお互いを信頼しあっていた。

ただ、今回は計算が狂った。
何が原因かは分からない。とにかく答えを間違えた。
この路地は袋小路になっている。2人とも捕まるのも時間の問題だろう。
彼は空を見上げたまま、相棒に伝えた。
「なあ、おれは夜空を見飽きたよ。」
顔を見つめる。
「お前、まさか」
「お前と一緒でよかったよ。」
そう言って彼は思い切り相棒にぶつかり、肩を一瞬抱くと、するりと大通りに走った。
「おい!!!」
手に持っていたはずの宝の袋がない。
そう思った瞬間、銃声がした。

1/6/2025, 4:15:29 AM

ありえないほどの眩しさで目を覚ました。
カーテンの隙間という隙間から、白い光が漏れ出している。
起き上がらずとも、吸い寄せられるように手を伸ばし、カーテンの裾を捲る。
久しぶりの青空。
最近はずっと曇りだったので少し心が跳ねる。
今度こそ起き上がりカーテンを思い切り開けた。
雲一つないスカイブルー。
窓をゆっくり開ける。
一晩中エアコンをつけて温めていた空気が逃げ出し、代わりに水蒸気をはらんだツンと冷たい空気が前髪を濡らした。
息が白く染まる。

ベランダに出ると地面が光っていた。
雪が積もっている!
遠くの公園から甲高い声が聞こえてきて、心が弾む。
さすがにパジャマで長時間耐えることはできず、早々に部屋の中に退散したが、まるで春が来たかのように弾んだ心は暖かかった。

1/5/2025, 6:12:07 AM

こたつと一体になってテレビをボーッと見ていた。
外は風が吹き荒れて雪が窓に打ち付けられている。
猫が足元でぐるぐると喉を鳴らして、時計がコチコチとゆっくり時を進める。
騒がしいのは窓の外とテレビの中だけ。
家という隔絶された空間は安全だ。
心がかき乱されることも起きないし、他人が土足で上がってくることもそうそうない。
これが幸せなんだろうな…
猫がこたつからぬるりと出てきて、体をこすりつけてきた。
ふわふわの感触を頬で感じながら、うとうとと意識を手放す。

夢の中でも同じようにこたつにくるまっていた。
違うのは彼女がいたことだ。
ドラマを見ながら涙を流している。
懐かしくて見つめていると、恥ずかしくなったのか
「こっち見ないでよ」と鼻声でみかんを投げつけてきた。
僕は笑いながら近くにあったティッシュ箱を彼女に渡して、聞いた。
「家族もの?」
彼女は家族の愛情をテーマにした物語にめっぽう弱かった。
「うんまあ。」
鼻を噛みながら答える。
主人公が夢を叶えるために家出したが、悪いやつに騙されて借金をかかえ途方に暮れていたところで、家族が助けにきたシーンらしい。
「家族っていいねえ。」
彼女がこちらを見る。
僕はつい目を逸らした。
彼女の結婚願望が強いことは十分分かっていた。
年齢の問題もあるだろうし、周りも結婚する人が増えてきて焦っているのも知っている。
ただ、僕は責任を持って家族を作る自信がなかった。
もともと人との付き合いは嫌いで自由に生きたかったし、誰かの人生の責任を持つことが僕には重すぎた。
彼女のことは愛しているが、期待に応えられないのも辛かった。
「晩ごはん何がいい?」
彼女は重くなりかけた空気を取り払うように立ち上がった。
「今日は豚カツの気分かな」
僕もそれに合わせて明るい調子で声を出す。
「そういうと思って仕込んでたんだ!」
彼女はこちらを見ずに冷蔵庫を開けた。
彼女はいい奥さんになるだろう。本当に僕には勿体なさすぎる。
彼女の背中に向かって小さくごめん、と呟いた。

目が覚めると涙が流れた。
いつのまにか外は暗く、静かになっている。
猫はどこかにいってしまって、姿が見えない。
テレビはバラエティだったのがドラマに変わっている。
1時間くらい眠っていたのだろうか。
先ほど見た夢の余韻が続く。

今も十分幸せだ。
自由で不満もなくて、心かき乱されることも起きない。
彼女と結婚していたらまた違う幸せもあったのだろう。
何が正解ということはない。
幸せの形なんて人それぞれだし、その時々で変わる。
彼女とはあの後すぐに別れた。
そういえばもうすぐ結婚するって友達から連絡が来ていたな。
彼女も彼女なりの幸せを手に入れたのだろう。
こたつの上にあるみかんを手に取る。
自由である幸せを噛み締めながら、ぎゅっと握りしめた。

1/4/2025, 10:11:29 AM

足を引きずりながら帰路に着く。
今日も誰にも褒められない労働をし、寿命を削り取られるような人に出会い、身も心もボロボロだった。
暗い田舎道。砂利の音が自分が今歩いているということを示してくれている。
人は寝静まり鳥の声しか聞こえない。
いつのまにか自分の口から絞り出すような泣き声が漏れる。
悲鳴にも似た音は冷たい空気を揺らし孤独感を増幅させる。
家に帰っても温かく迎えてくれる人はいない。
食べ物も豊かな暮らしも手に入れられる現代で、こんなにもひもじく悲しい思いをしているのは私だけだろう。悲劇のヒロインとしてでも主人公にしてもらわないと報われない。
頬に涙がつたい、冷たい風が容赦なく吹きつける。

ふと立ち止まってしまおうかと考えた。
歩みを止めたら冷たい風に吹かれることも悲しい思いをすることもない。
周りが歩いているから何となく歩いてきたが、私はここでリタイアしても許されるのではないだろうか。
足の運びが遅くなった時だった。
空が白み始め、目の前が明るくなった。
遠くの山の影が見え始めた。
鳥が翼をはためかせて飛んでいく。
どこからか人が動き始める気配がする。
自分の息が白くなっているのに気付いた。
涙はいつのまにか乾いて、風が止んだ。
その瞬間強い光が体を包み込んだ。
全てのものが色づき、光や熱を求めて必死に背筋を伸ばす。
夜明けの一番暗い時間を超えた。
私はまた歩き出した。

1/3/2025, 5:44:25 PM



冷たい風が肺を刺す。
太陽が眩しく体を貫き、希望で満ち満ちていく。
今年はどんなことをしよう。
今の幸せが続きますようにとか、不幸が起きませんようにとか。
いややっぱりここは無難に健康か…?
神社の参列の列を進みながらぼんやりと考える。

子供の頃は1年がやたらと長く感じて、毎年新鮮な気持ちでお願いをしたものだった。
いつからか、正月は去年の続きのようなもので、特に神様にも期待をしなくなった。
長い人生、何十回と正月を迎える。
毎度同じ目標になるのは仕方ないだろう。
正月の特別感も年々薄れているような気がする。
ガランコロンと前の人が鈴を鳴らす。

確かにここ数年同じような願い事ばかりお願いしてきた。
しかし同じ内容であれど、全く同じことが起きる年などなかった。
変わらないものなどないのだ。
変わらないことを願っても叶わない。
ただ自分なら変えられる。
今の幸せを維持するために自分の行動は変えられる。
ならば今年はどんな一年にしようか…

賽銭箱に小銭を入れ鈴を鳴らす。
ガランコロンガランコロン。
神様誓います、今年は…

Next