君は星だ
君の歌声は力強くて優しい
暗い夜空の中でキラキラと瞬く光だ
苦しい時に僕に戦う力をくれる
君の歌声を聴けば僕の胸にも光が灯る
それは君がくれた星のかけら
僕はその光を胸に今日も生きている
きのう、山登りに行っていたパパから、ベルのかたちのストラップをおみやげにもらった。ゆらすと、リィィンリィィンと大きな音がなる。パパは『くまよけのすず』って言ってた。くまさんはこわがりだから、この音がなっていると、よってこないらしい。わたしが、「かわいいくまさんなら、よってきてもいいのにな」って言ったら、パパは「本物のくまさんは強くて怖い生き物だから、出遭わない方がいいんだぞ」って言ってた。つよいのにこわがりだなんて、ふしぎだなって、わたしは思った。つよくなれば、こわいものなんてなくなるんじゃないのかなあ?
わたしが首をひねっていたらパパが「ま、とにかく、これは怖いものからお前を守ってくれる物なんだよ。身近なところに付けてくれたら嬉しいな」って言った。
『身近なところ』……お気にいりのお出かけ用バッグとか、この前買ってもらったスマホのストラップとか、いろいろ思いついたけど、いっぱいなやんで、わたしはきめた。
学校からの帰り道、リン、リン、と歩くたびに背中の方から音がする。ランドセルにつけた『くまよけのすず』がなる音だ。クラスのいじわるな男の子たちはこの音を「うるせー!」って言ってきたけど、わたしは気にしない。わたしを守る音だって、パパが言ってた。だいじな音なんだもん。
リンリンと音をならしながら、わたしは歩く。音に守られて、ちょっとムテキになったようなきぶんだった。
5月の早朝。委員会の当番のためにいつもより早く家を出た私は、学校の最寄り駅の改札を出て、道を急いでいた。背負ったリュックのポケットからスマホを取り出して、時刻を確認する。当番の時間まで残り15分。駅から学校までもだいたい15分。要するにギリギリである。もう一本早い電車に乗ればよかったと後悔して、私はスマホをしまいながら、足を速めようとした。その時――
「あの!ハンカチ落としましたよ!」
後ろから声をかけられた。男の人の声だった。
私は立ち止まって振り返った。目に飛び込んできたのは、リボンを着けた白い猫のキャラクターがプリントされたハンカチと、目の覚めるような美男子の顔だった。目鼻立ちがはっきりとしていて、どのパーツも整っている。“イケメン”より“美男子”って呼び方が似合う感じだ。こんな素敵な男の人、初めて見た。
「あれ、あなたのハンカチで合ってますよね?」
美男子さん(仮称)が不安気に首をかしげる。
「あっ、そ、そうで、す。ど、ども」
元々男性慣れしていないのに加えて、絶世の美男子が相手だ。どうにも上手く言葉が出ず、ろくにお礼も言えない。
美男子さんは「それならよかった。はい」と私にハンカチを手渡すと、身を翻して、道の向こう側を歩いている男子高校生の一団へ戻っていった。離れてからよく見れば、彼は私と同じ学校の制服を着ていた。
私はしばらく歩いていく彼の背中をボーっと見つめていたが、時間がないことを思い出して、慌てて走り出した。
そんなことがあったのが、1ヶ月前。あれからずっとあの美男子さんにちゃんとお礼が言えていないことが引っかかっていた。あの日彼が拾ってくれたハンカチは、妹が小学校の宿泊学習のお土産にくれたもので、大切なものだったのだ。あの日、出掛けにハンカチを忘れそうになって慌ててリュックのポケットに入れたから、スマホを取り出す時に落ちてしまったのだろう。あのままなくしていたら、妹にも悪いし、私も酷く落ち込んだだろう。それを思うと、あの美男子さんにはもっとしっかりお礼がしたかった。
私は今日、あの日と同じ当番で、あの日と同じ時間に同じ道を歩いている。時間はギリギリになってしまうけど、もしかしたらこの時間この場所なら、彼にまた会えるかもしれない。彼の姿を頭の中で思い出しながら、周りを見回しつつ歩いた。
すると、道の向こう側に、5、6人の男子高校生が連れ立ってやってきた。その中に、彼の姿がある。
私は思わず立ち止まる。彼にお礼を言いたい。でも、もう一ヶ月も前のことだし、忘れられているかもしれない。そしたら、迷惑かもしれない。お礼を言って変な顔されたらと思うとこわい。頭の中に急にぐるぐるとネガティブが渦巻き始めて、彼へ向かう一歩を鈍らせる。
その時、私の背中側から、強い風が吹いた。
そしたら、風の吹いてきた方を見ようとしたのか、友人と話していた彼が不意にこちらを見た。彼は自分を見ている私を見て、目を見開く。そして、何かに気づいたような顔をしたかと思うと、ニコリと笑って、小さく会釈をしてくれた。私があの時ハンカチを拾った相手だって、わかってるみたい。
風がまた強く吹く。私はその追い風に背中を押されるように、彼の方へと駆け出していた。
明日は、職場内の昇進に関わる試験の日。ベッドの中、ついつい明日のことを考えて眠れず、ゴロゴロと頻繁に寝返りをうつ。
「緊張してるの?」
隣から、同じベッドで寝ている妻の声が聞こえてきた。
「うん。わるい、うるさいよな、ごめん。眠れなくてさ」
俺が情けなく返すと、
「いいのよ。昔から緊張しいだものね、あなた」
と言い、ふふっと笑った。俺はその微笑みに少し救われた気持ちになる。
「……ねえ、手、繋いで眠らない?」
妻が柔らかい声音で言う。
俺がどういうことかと顔を向けると、妻の優しい眼差しと目が合った。
「昔、あなたが、就活で不安がってた私の手、握って添い寝してくれたことあったじゃない?あれ、すごく安心したの。だから、どうかなって」
何年も前、俺たちが学生だった頃のことだ。確かに、そんなこともあったか。
「では、よろしくお願いします」
そう言って、俺は右手を差し出す。妻は、俺のかしこまった言い方をおかしそうに笑って、自分の左手を繋いでくれた。
2人で仰向けに寝て、目を閉じる。右手から妻の体温が伝わってきて、ゆっくりと全身に染み渡っていく。ゆっくりと、緊張が解けていくのがわかった。
「大丈夫だから、心配しないでゆっくり寝ましょ。
おやすみなさい」
妻が小声で言う。“大丈夫”。決して力強い言い方ではなかったけれど、妻にそう言われると、本当にそんな気がしてくるのだから不思議なものだ。
明日、大切でちょっと怖い試験があるという事実は変わらない。だけど、妻と一緒なら、その壁も越えていける。そう信じられる力を、この人は俺にくれるのだ。
「こういうとき、君と一緒になれてよかったなあって思うよ。ありがとう。おやすみ」
心から湧いてきた想いを素直に告げて、俺はやってきた睡魔に身を任せた。
コートやマフラーを纏って、玄関のドアを開ける。
とたんに、冷たい空気が肌を刺す。
それとは対照的に、降り注ぐ日差しは優しく暖かい。
見上げれば、鮮やかな夏の青とは違う、白を少し混ぜたような優しい空色が見える。雲ひとつない気持ちのいい晴れだ。
身体は寒さに縮こまってしまうけど、心はフワフワと弾んでいる。
綺麗な冬晴れ。お出かけ日和だ。