ミキミヤ

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10/12/2024, 2:27:50 PM

私の小学校には図書館がなかったから、中学に来て図書館があると知ったときはとてもワクワクしたのを覚えている。それから1年と少し経った。放課後に図書館を訪れるのが、私の日課になっていた。

本棚の間を歩く。今日はどの本を借りようか。好きな作家は一通り読み終わって、今は読んだことのないジャンルに挑戦したい気分だった。『ノンフィクション』と書かれた棚をじっくりと眺めて、タイトルに心惹かれた1冊を手に取った。

閲覧席に座り、本を開く。ここは窓に近くて、外の音が聞こえてくる。運動部の掛け声や、吹奏楽部の楽器の音――それらをBGMにして本を読むのが、私は好きだった。



「佐藤さん、もうすぐ閉館の時間よ」

最終章に入ったところで、司書の先生に声を掛けられる。顔を上げ、窓の外を見れば、夕暮れの空が見えた。
あまりに面白くて、時間を忘れていた。
貸出の手続きをして、図書室を出た。

今日はいい本に出会えたな。ルンルン気分で廊下を歩く。
昇降口を出て、沈みゆく日と共に、私は帰路についた。

10/11/2024, 1:47:44 PM

その夜は暑かった。クーラーをかけたところで寝苦しく、なかなか寝付けない。
タオルケットをクシャクシャにしながら、ゴロゴロと寝返りをうつ。
明日も仕事だ、早く眠らなければ。思えば思うほどに、眠れなくなっていく気がする。

「眠れないなあ……困るなあ……」

現状を口に出したところで、変わるわけもなく。
私は寝ようとすることに疲れて、上体を起こした。

ふと、カーテンの隙間から月明かりが差し込んでいることに気づいた。
何となく心惹かれて、ベッドから立ち上がり、カーテンを少し開けて、夜空を見上げてみる。
そこにはまん丸の月があった。ちょうど雲から出てきたところのようで、濃紺の夜空に白く綺麗に浮かび上がっていた。


私はしばらく、ボーっと月を眺めた。
夜空の中で一番大きく輝いているのに、その光はなんだか優しい感じがする。
眠れなくて焦っていた気持ちが、だんだんと落ち着いていく。


一度大きく深呼吸をして、カーテンを閉め、ベッドに戻った。
カーテンの向こうの月明かりをまぶたの内側に思い出す。
次第に意識はふわふわと曖昧になって、夜に溶けていった。



ピピピピピピピ……

アラームが鳴る。目を開けて起き上がる。
カーテンを開けば、眩しい朝が私を迎えた。

10/10/2024, 12:00:00 PM

12月下旬。世間はイルミネーションに彩られ、クリスマスに向けて浮かれている、そんな頃。
私は、2年付き合った彼氏と別れた。原因は、相手の浮気。曰く『彼女は俺にいい刺激をたくさんくれる。それに比べて、君は優しすぎてつまらない』とのこと。
優しすぎってなによ。つまらないってなによ。だからって浮気しないでよ。私はどうしたらよかったのよ。
いろいろ悔しくて、一晩泣いた。

泣いた翌日、泣いたからって綺麗さっぱり忘れられるものでもなくて、私はなかなか仕事に身が入らなかった。
そんな状態だったから、ミスを連発した。書類をばらまくわ、消しちゃいけないデータを消しちゃうわ、上司の前ですっ転ぶわ……。我ながらいろいろやらかした。
いろいろありすぎて、悲しくなってトイレで泣いた。

さらには、2年ぶりの恋人のいないクリスマス、好きなだけケーキを食べようと意気込んでいたのに、お腹にくる風邪を引いて、お粥しか食べられなかった。
なんかつらいなあ、って泣いた。

何やかんやあって、年末。
私の家に、父方の叔母家族が帰省してきた。私と同い年の従姉妹も一緒だった。その子が、今度結婚するらしい。家族はみんなその話で盛り上がっていた。相手の男性がどんなに素晴らしい人なのか、今どんなに幸せなのか、さんざん自慢されて、私はもう惨めでしょうがなかった。
私は、その場にいるのがつらくなって、スマホだけ持って近所の小さな公園に逃げ出した。


ベンチに座ってスマホでボーっとSNSを見る。
クリスマスで恋人から素敵なプレゼントをもらった話とか、実家に帰って愛犬と久しぶりに戯れてる写真とか、なんだかみんな幸せそうな投稿が多くて、気持ちが余計に暗くなってしまった。
恋人に浮気されて振られて、仕事も失敗ばっかりで、体調管理もままならなくて、将来もよくわからなくて。
どうしてこんなにつらいのかなぁ。わたしってどうして生きてるんだろうなぁ。

『もういなくなりたい』
『私なんて生きてても意味ない』

気づいたら、SNSに投稿していた。自分で送信したその文字を見て、余計に胸がギュッと痛んだ。
最近泣いてばかりいて涙腺が脆くなっているのか、涙まで溢れてきて情けない。でも、どうやっても止まらないのだからしょうがない。
どうせ独り。この投稿も、今の私も、誰も見てない。……誰も、気づいてくれるわけない。

それから何分経っただろうか。 公園の入り口の方から、私を呼ぶ声が聞こえた気がして、私はそちらへ顔を上げた。
そこにいるのは、幼馴染のアキちゃんに見えた。彼女が大学を卒業するまでは、よく2人で遊んでた。でも、もう5年は会ってなくて、今はSNSで繋がっているだけの間柄。

「もしかして、アキちゃん……?どうして……?」

問いかけとともに、雫がポロリと頬を伝った。

それを見て、彼女が駆け寄ってきてくれる。そして、ギュッと抱きしめられた。

私を抱きしめながら、彼女は叫ぶ。

「受験のとき凹みまくって死にそうだった私を助けてくれたこと、今でも感謝してる!ありがとう!!」
そう言えば、そんなこともあったっけ。どうして今そんなこと。

「この5年、SNS見て、カナちゃんもどっかで頑張ってるんだと思って、私も頑張ってた!一緒に頑張ってる気持ちになってた!」
見ててくれたんだ。さっきの私も、見つけてくれたんだ。だから、来てくれたんだ。

腕の力が緩められて、彼女と目が合う。優しくて、強い光が見えた。

「だから、大丈夫!!」

何が大丈夫なのか、よくわからなかったけれど。私はいてもいい存在なんだって、肯定してくれているみたいで。
嬉しくって、ありがとうって、私は泣いた。

10/9/2024, 1:52:39 PM

ここは、街の片隅。小さな酒場のステージで、情熱的な音楽に合わせて、髪をふりみだし、全身を躍動させ、音楽の世界を表現する。

私はアリッサ。年は19。職業:踊り子。
私は、生きるために踊っている。

かつては、情熱があった。高揚もあった。しかし、いつからか、それらはなくなってしまった。
生きるために、必死に踊ってきた。
生きるため、お金を稼ぐ手段。今の私にとって、踊りはそういうもの。そういうものの、はずだったのに。


(やばい、時間に遅れちゃう……!)

仕事の前に少し買い物するだけのつもりが、店主のおしゃべりにつかまり、だいぶ遅くなってしまった。
何分後に酒場に着いて、着替えに何分、化粧に何分、と頭の中で計算しながら、路地を走る。
角を曲がった瞬間、向こうから来た人物に、思いっきりぶつかってしまった。
私は衝撃で、尻もちをつく。

「大丈夫ですか、お嬢さん」

低い男性の声が頭上に響いて、大きな手が差し出された。
私は、その手を無視して、立ち上がる。

「ちょっと、もっと注意して歩きなさいよね!」

顔を上げ、自分の不注意も棚に上げて言った私の目に、相手の姿が飛び込んできた。
柔らかそうな赤茶色の髪。スッと通った鼻筋。眉は申し訳無さそうに下げられている。その下の澄んだ緑の目と目が合って、私は硬直した。
(すっっごい好みなんですけど!?)

「申し訳ありません。お怪我はありませんか?」

彼は重ねて尋ねてくる。

「え、あ、いや、別に大丈夫ですし……ていうかそちらこそ!?あ、私急いでるので……!」

顔の前で両手を激しく振りながら、しどろもどろに答え、私は逃げるように彼の脇をすり抜けて、酒場へ急いだ。
酒場に着いて、身支度を整える。走ったせいか、先ほどの思わぬ出会いのせいか、バクバクとうるさい鼓動を落ち着ける。
ステージへ向かう通路を歩く。
照明に照らされた壇上に立つ頃には、心は凪いでいた。

客へ一礼する。音楽が始まる。いつも通り、身体を動かす。
1曲目が終わり、客席を見渡す。私の踊りはこの酒場の名物だ。これを観にここへ来る客も数多い。観客たちは、こちらを熱心に見つめて、拍手と歓声を送っていた。

いつも通りの光景、その中に、異質な赤茶色が入り込んできて、胸がドキリと高鳴った。さっきの男性が、この酒場へやってきたのだ。まさか、また会えるなんて。
目が合う。呼吸が止まりそうになる。

ドキン、ドキン、高鳴りが止まらない。もう次の曲が始まるのに。
2曲目は、情熱的な初恋を曲にしたもの。私のステージの定番の曲。
曲が始まった。反射的に身体は動き、踊る。
いつも通りの仕事のはずなのに、私の心はちっともいつも通りじゃない。
あの緑の瞳が私を見つめてるかもと思うと、なんだかいつもより曲が身体に響く感じがする。動きに熱がこもる。彼が気になって、ずっと視界に入れていたくてたまらない。

(ああ、これが、恋なのね)

この曲の意味が、前よりもずっとよく理解できた。
動きに心がのる。

情熱が胸に宿って、身体と心が躍動した。


10/8/2024, 11:54:33 AM

最近、親友にボールペンをもらった。
軸は深い緑色(わたしの好きな色だ)をメインに、上品な金色で花の模様が描かれているものだ。
誕生日プレゼントにとくれたもので、気持ちだけでも嬉しかったのに、デザインもとても好きなものだったので、わたしは余計に喜んだ。このボールペンを使いたいが為に、新しくノートを買って、日記を書き始めたほどだ。
日記の行数は毎日3行ほど。内容は、必ずポジティブなものにすると決めた。『今日は〇〇を頑張った』とか『夜に食べた△△が美味しかった』とかそんな小さな『良かった』を綴る。
その日つらいことがあっても、ダメな自分がいたとしても、日記を書き終わる頃には、書く前よりも自分を少しだけ許してあげられる。ギュッと強張っていた心が、フワリと休まる。

そんなひとときが、今日もわたしを生かしている。

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