「ねぇ先生。この花すごいね。僕がこの教室で授業受けるようになってから、ずっと咲いてるよ。」
彼が私の研究室で学ぶようになってから4ヶ月。机に飾ってある花を指して彼は言った。
「そうだね、もうすぐ50年になるかな、その花飾ってから。」
「50年⁈先生いくつなの⁈」
「忘れた。」
彼が驚くのは無理はない、私は長寿の種族とのハーフで、おまけに童顔なようで、生徒にも間違われるくらいだ。
「…先生の魔法で枯れないの?」
私はかなり長い間研究しているから、その手のいろいろな魔法はたしかに使える。
「カンがいいね。でも魔法だけど、私のじゃない。」
「ふーん?じゃあずっと前の先輩ってこと?」
「そうだね。」
「すごいね、こんな魔法を完成させたんだ。」
彼は感心してつぶやいた。
「…それは、完成された魔法じゃないよ。」
「え?」
「それは、私を好きになっちゃった生徒が、私へのプロポーズのために研究した魔法『永遠の花束』。彼は生涯に渡ってこの魔法を生み出した。名前の通り、花を永遠に枯れないようにする魔法。」
「なんで未完成なの?」
「本当に永遠に枯れないかなんて、わからないから。」
「なるほど、だから先生にあげたんだね、その花束。」
「本当に鋭いね。その通り、ほぼ永遠を生きる私にその花束が永遠かを確かめてって言って逝ったよ。」
私はその花をなでた。
「ずるいよね、そんなことまでして、本当どういうつもりなのかね。私が手を加えて完成させることも、気になる人を思うこともできない。」
気になる人とか、いないけど。
「ねぇ先生、その魔法式、研究してもいい?」
「なんで?」
「僕だって、先生のこと好きだから。」
「…いいよ。言っておくけど、相当な式だよ。」
「そんなんで折れる心じゃないさ。」
「そっか。」
また保管しておく永遠の花束が増えるみたいだ。
ここは、魔力が澄んでいる。噂に聞いていた通り、自身の魔力と融合して、その者が望む幻覚までもが見えてしまうほど清い魔力だ。
「…私は君に会いたかったのかな。」
彼は微笑んだ。それが、彼だからなのか、私自身が見せてる幻覚だからなのかはわからない。
「僕は、君に会いたかったよ。」
彼は私に近づいて、私を抱きしめた。感覚はなく、やっぱり私の幻想なんだと思い知る。
その瞬間、私の髪は宙になびいた。風はいたずらっ子だ。そんなこと、あのときから知っている。あのときの私を、君はどう思うのかな。
風のせいで魔力は乱れ、彼の幻覚は消えていた。ここには、あらわになった首の後ろの傷を見る人は誰もいない。だから、少し安心していたし、同時に寂しくもあった。風はいたずらっ子だ、本当に。
(日記)
同窓会で、久しぶりに恩師に会った。他にたくさん人がいたにも関わらず、私を探してくれていた。私を見つけて、すぐに体の向きを変えた先生に、私の周りの人は恥ずかしがる私の背中を押してくれる。先生はぎゅっと私を抱きしめてくれた。私が知る限り、先生がハグしたのは、私だけだと思う。自惚れかも笑。友だちはツーショットを撮ってくれて、話し終えて戻った私を温かく迎えてくれた。もう、みんな好きすぎる。私がその先生のこと大好きなのが周知の事実なのはどうしてかわからない。でも、ほんとありがとう。夢みたいだった。次会うときも楽しみ。また抱きしめてほしいな〜
「先生。どうして先生は、先生になったの?」
「…急にどうしたの。」
私は作業の手を止めて、質問してきた生徒の方を向く。
「校長先生が、今朝の朝礼で言ってた。未来への鍵をつかもうって。」
「…そういうことを言う子だったっけな。まぁいいや。」
彼女の言う校長先生も、もともとは私の弟子だった。
「私が先生になった理由ね。コウチョウに頼まれて、面白そうだったから。」
「…それだけ?」
「うん。」
「…じゃあ、先生になる前は何だったの?」
「旅人。この街じゃあんまりいないけど。私は旅人で、いろいろな街を歩いてた。」
この街は教育がシステム化されていて、将来は働くことになる。
「え?じゃあお金は?」
「あるし、貯まるし。人助けとかすれば、もらえる。なければ野宿とか。」
悪いこともいくらかやってきた。言わないけど。
「野宿…。先生って、壮大な過去の持ち主…?」
「そんなんじゃないよ。話を戻すけど、『未来への鍵』ね。別になくていいんじゃない?あなたはどうしてこのクラスに?」
「この勉強が楽しくて、続けたかったから。」
私はふっと息を吐く。
「私と何が違うの。『未来への鍵』とか、そんなことは気にせず、やりたいことをやればいいよ。少なくとも、私の方針はそうで、私自身そうだから。」
「…わかった。やっぱり先生はすごいね。」
「どういうこと。」
「なんでもなーい。」
彼女は笑って、教室を出て行った。
ついに戻ってきた。いや、戻ってきてしまった。この場所、師匠との修業の地。
「ただいま、師匠。」
近くの川で獲ったのだろう魚を焼いている師匠に、私はそう声をかけた。師匠は徐に振り向いた。誰かが近づいてきていることはわかっていたのだろう。師匠は警戒心が強い。
「…ナツリ?」
「そうだよ。」
「どうかしたの?」
10年ぶりくらいなのに、そんな感じが全くしない。師匠の見た目が変わらないからだろうか。それとも、私の成長と衰えを師匠が口にしないからだろうか。まぁ、そういう師匠だけど。
「お願いがあるの。」
「…必要ないでしょ。」
師匠は焼き魚の方に向き直った。
「…どういうこと?」
「弟子の打診なら受け付けないよ。私はそういうことはしない。」
「…なんでわかったの?」
「体を見れば、中身も見える。少し痩せたね。あなたは何かに心を乱されている。そのせいで力を発揮できていない。」
師匠の言う通りだ。何に乱されているのかは、わかっている。でも、自分じゃどうにもできなくて、だからここに帰ってきてしまった。
「私、怖くて。このまま力を失ってしまうのか不安で。」
なんて声で、なんて情けない言葉だろう。弟子がこんなで、偉大な師匠の名が傷ついてしまう。
「それも、ナツリでしょうに。」
師匠は俯く私の頭を撫でた。私は顔をあげる。
「あなたはあなたのままで。」
さっきまで無表情だったのに、あたたかいほほ笑みを浮かべる師匠。
「…こんな私で、いいの…?」
「もちろん。そうだ、魚食べる?いい感じに焼けたんだ。」
師匠はマイペースで、相変わらずだ。ほくほくした顔で魚のにおいを嗅いでいる。
「…師匠は変わらないね。」
目頭が熱くなっている。私は必死に堪えた。
「変わらないものなんてないよ。あなたはこれでまた一歩成長する。」
「…師匠は?」
「あれ、気づいてない?」
師匠は私の後ろに目をやった。私はそれにつられて顔を向ける。そこには、ちょうど10年前くらいの私のような子が薪を抱えていた。
「今の弟子。来ていいよ。」
師匠が呼ぶと、その子はトテトテと歩いてくる。
「私も、変わってるよ。この子は、大人しいから。昔より、優しくなったかも。」
確かに、師匠はもっと無口だった気がする。
「そうだね。」
私は少し安心した。私は、変わっていい。そう思えたから。