「きらめき」
「キャーッ、煌木光輝(きらめきこうき)くんよーっ!!今日も輝いててまぶしいわっ!!」
「キャアア手をふってくれたわ!」
「ハワワ今日もなんてかっこいいのかしらっ……」
ボクは煌木光輝。スパークル学園高等部の二年☆組に属している、生まれながらにきらめいているキラキラ人間さ。御覧の通り、ボクは教室移動のために廊下を歩くだけでこんな歓声を浴びることができるんだ。え?疲れるんじゃないかって?そんなことないさ。ボクのきらめきに夢中になるのは当然のことだし、ボクはきらめいている人間としてみんなにきらめきを届けなくちゃいけないんだ。ボクのおかげで、この学校はきらめきに満ちているよ。素晴らしい!
「くそ、煌木のやつモテモテじゃねえか」
「あいつがいるせいで俺ら全然モテねえじゃん」
なにやら不満そうな会話が聞こえて、ボクは眉をひそめる。ボクのきらめきに当てられて、彼らのきらめきが曇ってしまったんだろうね。これは由々しき事態だ。ボクは彼らに近づいて、とっておきのきらめきスマイルを浮かべた。
「やあ、こんにちは!こんなところにいないで、ボクと一緒に理科室に行こうじゃないか!次の授業に遅れたくはないだろう?」
「いや、俺ら次国語なんだけど……」
「俺とお前クラス違うから時間割違うんだけど……」
「……これは失礼。では国語の授業を頑張ってくれよ!」
おやおや、ちょっと間違ってしまった。でもいいさ、彼らの心には小さな、しかし貴重なきらめきが戻ったはずだ。
こんなふうに、ボクは学校のきらめきを守るために日々努力しているんだよ。
そんなある日、ボクの身に大事件が起きた。その日、ボクはいつものように放課後のきらめきパトロール、略してきらパトを行っていた。そうして何気なく二年☀組の教室をのぞき込んだ時、ボクは生まれて初めて自分を上回るきらめきを見たんだ。
ボクよりきらめくその少女は、艶めく黒髪を一つにたばね、穏やかで幸せそうな笑顔を浮かべていた。聡明そうな顔つき。唇は桜色で、薄い、上品な形。体はほっそりしていながらも、制服のプリーツスカートの下に見えるふくらはぎはふくよかでやわらかそうだ。なによりその瞳!まるでぬばたまのようで、深みがあり、しかし情熱的に光っていた。吸い込まれるような美しい瞳に目を奪われる。なんというきらめき!まさか、ボクよりきらめいている人間に出会えるなんて!ぜひともお近づきになりたいものだ。しかし、いつもなら誰にでも話しかけることができるのに、彼女には話しかけることができなかった。なんということだ、ボクは緊張しているんだ。それもそうだ。ボクはこんなにきらめいている人間を見たことがないんだから。
ボクは勇気をふり絞って教室に足を踏み入れ、一人本を読んでいる彼女にきらめきスマイルを向ける。
「やあ、君、とてもきらめいているね!君のようなキラキラ人間は初めてみたよ。あの、君の名前はなんていうんだい?」
彼女は驚いてボクを見た。みるみるうちに頬がばら色に染まっていく。まるで夕焼けのようだ。なんて美しい。
「わ、私、星川月夜(ほしかわつくよ)っていうの」
「おお、なんて美しい名前なんだ!皆を静かに照らし輝く君にぴったりの名前だね。ボクは煌木光輝というんだ。よろしくね」
「ふふっ、知っているわ。みんなあなたのことを知っているわよ」
月夜さんはくすくすと笑った。その笑い声は天使の鳴らす鈴のようにボクの心に鳴り響いた。もっと、ずっと聞いていたい。次に何を言おうか考えることができない。今までこんなことなかったのに。彼女のきらめきにあてられてしまったのだろうか。
「ボ、ボクは、もっと君のことが知りたいんだ。君ほどきらめいている人に初めてであったから。もう少しおしゃべりしてもいいかな……?」
心臓がどきんどきんと音を立てる。どうしてこんなに緊張するんだろう。ボクは今まで人に断られたことがないのに、月夜さんに断られたらどうしようなんて考えてしまう。
彼女ははにかみながらほほえみ、やわらかで暖かい、ハープのような声で言った。
「私なんかでよければ。私も煌木くんとお話してみたかったの」
ボクは安心して、ほーっと息を吐く。月夜さんのようにきらめいている人と話せるなんて、なんてうれしいことだろう。きらめきについて詳しく話せるだろうか。そのうち一緒にきらパトができたりして……。考えるだけで心臓のどきどきが高まる。こんなにどきどきするのは初めてだ。
ボクは深呼吸して月夜さんの前の席の椅子に座った。いったい何を話そうか。ひとまず月夜さんが今まで一番きらめいた時のことを聞いてみようか。
わくわくとどきどきがとまらない。ボクは今、最高にきらめいているだろうな。
「香水」
そろそろ八月も終わりだというのに、太陽に焼かれそうなほどの暑さは衰えることを知らない。この炎天下の中、歩いて家に帰らないといけないなんてどうかしてる。出かけるのをもっと夕方にすればよかったな……。暑さに限界でどこか涼しいところで休もうとあたりを見渡すと、見覚えのない店が目に入った。最近できたんだろうか。ベージュ色の外観で、きれいに咲いた花の鉢植えが飾ってある、こじんまりとしていてかわいいお店。丸いショーウィンドウには色とりどりの硝子の小瓶が飾ってあった。
『本物仕立ての香水売ってます』
立て看板には丸っこい文字でこう書かれていた。どういうことだろう。香水の本場から輸入してるのかな。いったい何が本物なんだろう。興味がわいてきて、涼みがてら店に入ることにした。
店の中は柔らかい白の照明で照らされていて、机や棚に所狭しと香水の瓶が置いてあった。びんの横には小さな紙が置いてあって、香水の説明が書いてある。見てみると「焼きたてのフランスパンの香り」とか「摘みたての苺の香り」とか「お菓子屋さんを通りかかったときにするバターの香り」とか、普通の香水にはないような香りが多い。というか、焼きたてのフランスパンの香りを漂わせている人ってどうなの?嫌な香りではないけど、なんだか不思議なお店。
「いらっしゃい、可愛いお嬢さん。香水に興味がおありかい?」
店の奥から白いひげを蓄えたちいさなおじいさんが出てきた。まるで白雪姫に出てくるこびとみたい。店主だろうか。
「そこはおいしい香りのコーナーだよ。気になるのがあったらかいでみるといい」
正直どんな香りなのか気になっていたので、「摘みたての苺の香り」のテスターをかいでみた。
そっと鼻を近づけた瞬間、さわやかで甘酸っぱい苺の香りが鼻を通り抜けた。甘いだけじゃなく、うっすらと葉っぱの少し青臭い香りと土の香りもする。しかしそれが苺の香りを邪魔しているのではなく、まるでたったいま苺狩りをしていて苺を摘んだかのように感じるのだ。
「す、すごい……」
思わず声が漏れた。これが本物仕立てという意味なのか。日常の一コマからそのままもってきたような、自然の香りだ。
おじいさんが自慢げにうなずいた。
「ふふふ、そうじゃろう。私が世界各地を飛び回って見つけたとっておきの香りをつかっておるからね。他にもいろいろあるよ。これとかどうかね。若いお嬢さんにはちと地味すぎるかな」
おじいさんがさしだした瓶には「夏の森の中の香り」とある。
そっとかいでみると、木々や草、岩やかすかな水の香りがただよってくる。においをかいだだけなのに、マイナスイオンというのか体が冷えて涼しくなるように感じる。本当はそんなことないのに、今夏の森の中にたたずんでいるような気持ちだった。
感激している私を見ておじいさんがほほえむ。
「本物の香りを閉じ込めて作ってあるから、いい香りがするじゃろう。すぐ香りが消えてしまうのが玉に瑕じゃが、気分転換に使う分には問題ないよ」
「だから本物みたいな香りがするんですね」
いいながら店内を見渡すと、店の端っこに隠すようにおかれた小さな棚を見つけた。そこにもたくさんの香水がおかれている。私が小さな棚に近づくと、おじいさんは嬉しそうな顔をした。
「おお、その棚に気づいたか。そこはちょっと癖があるがいい香りが集まっておるぞ」
「古びた遺跡の香り」、「新築の香り」、「鉛筆を削ったときの香り」などなど、確かに癖が強いものが多い。嫌いな人もいるけれど、癖になってついかぎたくなっちゃう人もいるような香りたち。
試しに「古びた遺跡の香り」をかいでみたら、じめっとして土や苔の入り混じった香りがした。古い、こもったような、でも歴史を感じる重厚な香り。
店の中を一通り見た時には、私はすっかりこの店を気に入っていた。一番気に入った「夏の森の中の香り」を持ってお会計に向かった。
おじいさんは私が選んだ香水の瓶を愛し気に撫でる。
「お嬢さんはお目が高い。この香りはわたしのお気に入りだよ。世界中の森を探して手に入れたんだ。大事にしておくれよ」
「ええ、もちろんです」
深緑色の袋に入れられた香水を持って、私は微笑んだ。
「また、来ますね」
外は相変わらずうだるように暑かった。でももう嫌じゃない。暑い時にこそ、今日買った「夏の森の中の香り」の出番なんだから。明日出かけるときにはこの香水をつけていこう。憂鬱だったお出かけが少し楽しみになった。
「言葉はいらない。ただ…」
僕からの告白にほほを赤らめうつむく彼女。それきり何も言わないことに僕は焦る。驚かせてしまったか。彼女はゆっくりと顔をあげ、微笑んでいった。
「嬉しいわ。私たちの間に、言葉はいらないわよね」
僕の心は湧きたった。つまり、それって……!
「さあ……いくわよ!」
彼女は覚悟を決めたのか、凛々しい表情でフンと腕を曲げた。そのまま力を入れると、彼女の体はめきめきという音とともにみるみるうちにまるで餅のように膨らんでいく。あっという間に彼女の体は鋼のような筋肉でおおわれた。
僕はあまりの出来事にぶるぶると震える。なんだこれは。いったい何が起きている?
彼女が、その美しい本来の姿を見せてくれる時が来るなんて!
感激して武者震いが止まらず、熱い涙があふれてくる。ああ、これだ。僕が見たかった、愛している筋肉だ。
そう、僕たちに必要なのは言葉じゃない、ただ筋肉があればいい!僕も自分の体に力を入れて筋肉を開放する。君にあこがれて、必死の筋トレを続けて手に入れた黄金の肉体。
さあ、語り合おう、筋肉で!
「突然の君の訪問。」
「いってきまーす!」
元気よく母親に挨拶して、私はバイトに行こうと玄関の扉を開いた。そして次の瞬間、私はご近所中に響き渡るような悲鳴をあげる。
「ゆ、雪子、どうしたの!変質者でも出たの!?」
尋常じゃない金切り声に、母親がおたまを持って走り寄ってきた。
「お母さんやばいやついるっ!めっちゃやばい!どうしようやばい!」
あまりの焦りに語彙力がギャルみたいになってしまった。しかしやばいしか言えなくなるのもしょうがなかった。だって、扉と床の隙間の今にも家の中に入りそうなところに、おそらく日本の全家庭で出禁になっている、黒光りした’’ヤツ’’が挟まっていたからだ。
遅れてやってきた母もかわいらしい悲鳴を上げた。
「きゃあっ、こんなところに’’ヤツ’’が!待ってなさいすぐやっつけるからね」
母は驚くほど俊敏に殺虫剤を持ってきて’’ヤツ’’が完全に動きを止めるまで噴射し続けた。ちょっとやりすぎな気もするが、’’ヤツ’’は招かれていない人の家に突然押し入ろうとしてきたのだ。これくらいの報いは受けて当然だろう。
母はさっさと’’ヤツ’’を処理し、やだわぁ怖かったわねぇ、と吐息を漏らした。その見事な手つきに私は感心する。私は突然の’’ヤツ’’の訪問に震える事しかできなかったのに、母は強い。私は改めて母に深い感謝の気持ちを抱いた。それと同時に、最近面倒で片づけていなかった自分の部屋の存在を思い出す。今回’’ヤツ’’は玄関で発見されたが、もし私の部屋にもやってきたら、と考えて血の気が引いた。母が部屋を片付けなさいというのをうるさいなあ、と無視していた私を殴りたい。そして母、ありがとう。
私はバイトが終わったらすぐに部屋を片付けようと決心した。
「鳥のように」
今日も鳥は元気に、うるさいほどにさえずっている。
辛い仕事が終わり、帰宅ラッシュの満員電車も乗り越えて、俺は最寄り駅に到着した。その最寄り駅では毎夜街路樹に鳥の大群が群がっていて、俺はほとほと辟易している。数えきれないほど多くの鳥を含んでいる街路樹は、その真っ黒い影をゆらゆら揺らめかしていて不気味だ。鳥は迷惑だ。まず、うるさい。次に、朝出勤しようと駅に来ると道がフンでびっしりになっていて汚い。あと、なんかむかつく。
俺は毎日、死にてー、とつぶやきながら仕事を頑張っているのに、鳥はきっと死にたいなんて思った事は無く、自由に飛んで、さえずって、フンをしている。俺は人にどう思われているのか気になって仕方ないのに、鳥はそんなこと全く考えていないだろう。そのことがむかつく。そして、これは憧れでもあるんだろう。俺も仕事なんてしないでただ本能に任せて、何も気にせず、鳥のように生きられたらよかったのに。人間なんて全くくそくらえだ。世の不条理さに腹が立って、怒りのままにずんずん歩いていると、石に躓いてすっころんだ。かたくて鳥フンだらけの道に頭から落っこちる。
「いってぇ~……」
ぱっと起き上がれないくらい痛かったが、口から出たのは小さな悲鳴だけだった。こんな時でも、急に叫んだら変な人だって思われるかなぁ、なんて人の目を気にする自分に笑いが込み上げる。痛いときくらい思いっきり叫べよ。どうせ誰も俺の事なんて気にしてないだろ。現に人ごみの中でこんなに思いっきりすっ転んで痛そうなのに、みんな見て見ぬふりじゃないか。恨み節を吐くうちに、だんだん意識が遠くなってきた。どうも悪いところを打ってしまったようだった。人々の喧騒が聞こえなくなっていく。ああ、誰か俺のことを心配してくれればいいのに。そう思ったのを最後に、俺の思考はぷつんと途切れた。
「おーいこんないい天気の時に寝てんじゃねえよ、お前は誰が好きなんだよ!」
突然キンキンとうるさい声に怒鳴られ、何か硬くて細いもので腕を殴られて目が覚めた。
「うるさいな寝かせてくれよ、忙しくて恋なんてしてる暇ないんだよ」
イラっとして反射的に言い返してからぱちりと目を開け、俺は信じられない光景を見た。
まずここ、めっちゃ高い。俺は三階建てのビルくらい高いところにはってある細い糸の上に立っているのだ。こわ!そして周りは鳥だらけ。胸焼けするほどに鳥がいる。最後に殴られた腕を見てみると、そこに腕は無かった。あるのはふわふわした茶色い羽毛である。
「おい黙ってんなよ。お前それでも鳥か?鳥は一秒も休まずにしゃべってるもんだぜ」
俺に話しかけているのも鳥。どうやら俺は鳥になってしまったようだ。とんでもない事だが、俺は妙に冷静だった。多分これは夢だ。
「俺の一推しはあの子だな、ほら、あのひときわ毛並みのつやがいいメスだよ」
諦めずに話しかけてくる鳥が遠くを指さす。確かに他の鳥に比べてつやつやした鳥がいる。
「ああ……まあいいんじゃないの」
われながら気のない返事だ。でも俺は恋バナに全く興味がないのでしょうがないだろう。恋する気持ちは、つらくてたまらない仕事を何とかこなしているうちにどこかに行ってしまった。
「そんな返事ねえだろぉー⁉つまんねえな。お前は誰が好き……ってあっ、美味そうなもん見っけ!」
いうやいなやばさばさと飛び立った。やれやれ、忙しいやつ。鳥ってみんなこんな感じなのか。
俺はしばらくぼーっとしていた。俺がいるのは電線の上らしかった。鳥たちはあわただしく飛んで行ったり戻ってきたり、誰かと話していたかと思えば違う鳥と話し始めたりとせわしない。最初は引き気味で眺めていたが、どうせ夢なんだから俺も自由にやろうと思いついた。
とりあえず飛んでみる。思ったよりも気持ちがいい。次にちゅんちゅんと鳴いてみた。周りがうるさいので、心置きなく鳴ける。鳥たちは俺の事なんて全く気にしていなかった。かと思えば、初めて会う鳥がいつの間にか隣を飛んでいて勝手に競争になったりもした。相手がちゅんちゅんと話しかけてくるから少し話す。そしてまた違う鳥と話す。何をするにも自由な鳥の生活は気楽だ。
「あの、大丈夫ですか?頭思いっきり打ってましたよね。救急車呼びましょうか?」
気づけば、人のよさそうな、少し頼りない顔をしたスーツの若者が俺の顔をのぞき込んでいた。人間だ。やはり鳥になったのは夢だったのか。頭はまだずきずき痛んだが、気を失った時のようによくないところを打ってしまった感じはしなかった。
「大丈夫です。すみません、ご心配をおかけしました」
「いえいえ、無事ならよかったです。仕事終わりって疲れますよね。僕も何もないところでつまづいたことありますよ」
屈託なく笑う若者を見て、俺のすさんでいた心が澄んでいく。いたんだ。俺を心配してくれる人。
もしかしたら俺が人を拒んでいたのかもしれない。どうせ誰も理解してくれないし、変なことをしたら指をさされるって。でもそうではないことを鳥たちとこの若者が教えてくれた。
「そうなんです。疲れたのか、鳥になった夢を見ましたよ」
「あはは、いい夢ですね」
知らない若者とする世間話は意外と楽しかった。世界は思ったより悪くない。