クリスマスには家族でパーティーをする。必ずケーキとチキンとミートソーススパゲティを食べる。それから家族でプレゼントを送り合う。前から欲しいと言っていたものを送ったり、サプライズにしたり。贈り物は選ぶのも貰うのも楽しい。
私にとってクリスマスとは、美味しくて楽しい家族行事なのだ。
「命が燃え尽きるまで」
俺はこの国の姫君を守る騎士だ。自分の仕事に誇りを持ち、命に代えても姫をお守りすることを誓っている。
姫は少々おてんばだが、優しく美しい素晴らしいお方だ。俺はそんな姫を守れることが心の底から嬉しい。
危険な任務で大怪我をした時、姫はわざわざお見舞いに来てくださった。整った顔を心配そうに歪めていて、姫にそんな顔をさせてしまったのがふがいなかった。本当は体中に激痛が走っていたが、俺は強がって笑って見せた。
「心配しないでください、姫。姫を守れて良かったです」
「でも、酷い怪我だわ。もうこんな無茶なことしないでよ」
「気をつけますが、私は姫を守ることが仕事なのです。自分の命を気にしていたら、姫の命を守ることなどできません」
俺がそう告げると、姫は一瞬ひどく悲しそうな顔をした。姫は優しい。俺の命も大切にしてくれる。でも、そんな人だから俺は姫になら命をかけてもいいと思えるんだ。
俺はこの命が燃え尽きるまで、俺の全てを姫に捧げよう。姫が笑っていることが俺の幸せなのだから。
だがこの忙しくも幸せな日々は、長くは続かなかった。小さなこの国は大臣の裏切りにあい、今にも滅びようとしていた。城は占拠された。王と王妃は暗殺された。俺は姫だけは必ずお守りしようとこっそりと城から連れ出した。敵にバレないように地味な服を身にまとった姫は青い顔をしていたが、気丈に歩いていた。
もう少しで城下町を出るという時、俺と姫は敵に囲まれてしまった。その数は数十人。普通に戦えばまず勝ち目は無い。俺も姫も殺されてしまうだろう。なぜバレてしまったのか。もっと気をつけていればバレることは無かったかもしれない。後悔がおそってくるが、俺は唇を強くかみしめて気持ちを切り替える。大切なのは姫をお守りすること。姫に生きていてもらうこと。
「姫、私が奴らをひきつけます。その隙にどうかお逃げ下さい」
そういいながら剣を構える。死んでも姫を守る。それが俺の使命なのだ。
「だめよ……そんなことしたらいくら貴方でも殺されるわ!」
今にも涙がこぼれおちそうに瞳をふるわせる姫に、俺は安心させるように微笑んだ。
「逃げてください、姫。俺はこの命にかえても姫をお守りしたいんです。逃げて、生き延びて、そして笑顔で暮らしてください」
姫への言葉を敵は嘲り笑う。
「ハハハ、そんなことさせないぜ。お前もお姫さまも、まとめて地獄に送ってやるよ!」
「地獄に行くのは貴様らだ」
俺は目線を姫から敵に移した。
「お願いです姫、逃げてください。俺がその道を開きます!」
言うや敵に斬りかかった。斬れると思った時、敵が違う剣によって斬られて倒れる。
俺は信じられない気持ちで剣の持ち主を見た。
「ひ、姫……?」
剣を持っていたのは姫だった。おてんば姫で時々剣の練習をしていることは知っていたが、まさかこんな危険な時に剣を握るだなんて。俺は構わず姫を逃がそうとしたが、出来なかった。俺を真っ直ぐに見つめる姫の瞳は涙に濡れていたが、絶対に一人では逃げないという強い意志が宿っていたのだ。
「命をかけて守るだなんて言わないで。貴方が私の命を大切に思ってくれるように、私も貴方の命を大切に思っているの。二人で生きて逃げ延びるのよ」
そんな夢みたいなこと、出来るのだろうか。だが隙なく剣を構える姫を見ていると、勇気が湧いてきてできる気がしてきた。
「ええ、きっと二人で生き延びましょう」
俺は覚悟を決めて、姫の前で守る姿勢から姫と背中合わせに位置を変えた。
「敵は20人程。腕がたつ者もいるようですが、殆どは新人レベルです。冷静でいれば勝てない相手ではありません」
「了解。さあ、行くわよ!」
姫の号令で敵に向かって駆け出した。また姫と共に暮らせる日を夢みて。
「貝殻」
マコは海のある町に住む小学四年生の女の子です。マコは海が大好きで、毎日海岸を散歩しています。
ある日、いつものように散歩していると、みたことのないきれいな色をした貝殻を見つけました。マコが知っているより一回り大きなホタテの貝殻です。一見真っ白に見えますが、日にあたって虹色に輝いていました。マコは貝殻の輝きに目を奪われて、砂浜から貝殻を拾い上げました。貝殻はずっしりと重く、マコはとり落としそうになって慌てて両手で持ちました。近くで見てみるとますますきれいに見えます。少し角度を変えると色が変わるのが楽しくて、マコは貝殻をくるくる回して眺めました。しばらくそうしていると、貝殻の中から小さな声が聞こえました。
「ううう、もうまわさないでぇ……」
マコは悲鳴をあげました。貝殻がぱかりと開いて、なかから小さな小さな女の子が涙を流しながら姿を現したのです。
「あ、あなたはだあれ?どうしてそんなに小さいの?」
尋ねてみると、女の子はべそをかきながら答えました。
「私は海の国から来たの。陸に行ってみたくて泳いでいたら、迷ってしまったの。おうちに帰りたいよぅ……」
「あなたのおうちはどこにあるの?」
「海の底にあるわ」
「うーん、それだけだとわからないな。とりあえず、わたしの家に来ない?わたしのお父さんは漁師なの。何か知ってるかもしれないよ」
こうしてマコは小さな女の子を家に連れていくことにしました。
お母さんは手のひらに乗るくらい小さな女の子を見てびっくりしましたが、事情を話すと優しい手つきで女の子をなでました。
「大丈夫よ。きっと家に戻してあげるからね」
お父さんは夜にならないと帰ってこないので、それまで待たなくてはいけません。マコは女の子の不安を紛らわすために、女の子とおしゃべりすることにしました。
「おなまえはなんていうの?」
「名前はないわ。海では名前を呼ばないの」
「じゃあわたしがつけてあげる。えーっと、貝殻姫とかどうかな?」
まるでおやゆびひめみたいだと思って言うと、女の子は初めてにっこり笑いました。
「かわいい名前。私、名前って初めてよ」
それからマコと貝殻姫はいろんな話をしました。マコが陸の話をして、貝殻姫が海の話をしました。貝殻姫はマコの話を聞いて喜んでくれたし、貝殻姫の話は聞いたことないような話ばかりで楽しいものでした。おしゃべりははずみ、外はあっという間に暗くなって、お父さんが帰ってくる時間になりました。
お父さんは貝殻姫の事を聞くと冷静にうなずきました。
「なるほど、海の底から来たんだね。僕はほたてが多くいるところを知っているよ。そこでかえせばいいのかな」
貝殻姫はこくんとうなずきました。お父さんは、明日漁をするついでに貝殻姫を送ってくれるといいます。拍子抜けするほど簡単に、貝殻姫は家に帰れることになりました。すっかり友達になったマコと貝殻姫は、ハイタッチして喜びました。
「よかった、帰れるんだね」
マコが言うと、貝殻姫は嬉しそうに笑いました。その笑顔を見た時、一瞬マコの胸がずきんと痛みました。せっかく友達になれたのに、貝殻姫とお別れしないといけないのです。
時間はすぐにたち、貝殻姫が出発する時間になりました。見送りに来たマコは、貝殻姫にビーズで作ったネックレスを渡しました。
「海に行っても、私たちは友達だよ。忘れないでね」
貝殻姫はおどろいたようにネックレスを見て、そして大切に握りしめました。
「こんなのもらったの、初めて。海にはこんなにきれいなものはないわ。大切にする」
貝殻姫はマコの人差し指をそっと握りました。
「ありがとう、マコ。私の初めてのおともだち。きっとわすれないわ」
そうして貝殻姫は帰っていきました。それを見送るマコの指には、貝殻姫とおそろいのビーズの指輪がはまっていました。マコはきっと、この不思議な出会いのことを忘れることはないでしょう。
「きらめき」
「キャーッ、煌木光輝(きらめきこうき)くんよーっ!!今日も輝いててまぶしいわっ!!」
「キャアア手をふってくれたわ!」
「ハワワ今日もなんてかっこいいのかしらっ……」
ボクは煌木光輝。スパークル学園高等部の二年☆組に属している、生まれながらにきらめいているキラキラ人間さ。御覧の通り、ボクは教室移動のために廊下を歩くだけでこんな歓声を浴びることができるんだ。え?疲れるんじゃないかって?そんなことないさ。ボクのきらめきに夢中になるのは当然のことだし、ボクはきらめいている人間としてみんなにきらめきを届けなくちゃいけないんだ。ボクのおかげで、この学校はきらめきに満ちているよ。素晴らしい!
「くそ、煌木のやつモテモテじゃねえか」
「あいつがいるせいで俺ら全然モテねえじゃん」
なにやら不満そうな会話が聞こえて、ボクは眉をひそめる。ボクのきらめきに当てられて、彼らのきらめきが曇ってしまったんだろうね。これは由々しき事態だ。ボクは彼らに近づいて、とっておきのきらめきスマイルを浮かべた。
「やあ、こんにちは!こんなところにいないで、ボクと一緒に理科室に行こうじゃないか!次の授業に遅れたくはないだろう?」
「いや、俺ら次国語なんだけど……」
「俺とお前クラス違うから時間割違うんだけど……」
「……これは失礼。では国語の授業を頑張ってくれよ!」
おやおや、ちょっと間違ってしまった。でもいいさ、彼らの心には小さな、しかし貴重なきらめきが戻ったはずだ。
こんなふうに、ボクは学校のきらめきを守るために日々努力しているんだよ。
そんなある日、ボクの身に大事件が起きた。その日、ボクはいつものように放課後のきらめきパトロール、略してきらパトを行っていた。そうして何気なく二年☀組の教室をのぞき込んだ時、ボクは生まれて初めて自分を上回るきらめきを見たんだ。
ボクよりきらめくその少女は、艶めく黒髪を一つにたばね、穏やかで幸せそうな笑顔を浮かべていた。聡明そうな顔つき。唇は桜色で、薄い、上品な形。体はほっそりしていながらも、制服のプリーツスカートの下に見えるふくらはぎはふくよかでやわらかそうだ。なによりその瞳!まるでぬばたまのようで、深みがあり、しかし情熱的に光っていた。吸い込まれるような美しい瞳に目を奪われる。なんというきらめき!まさか、ボクよりきらめいている人間に出会えるなんて!ぜひともお近づきになりたいものだ。しかし、いつもなら誰にでも話しかけることができるのに、彼女には話しかけることができなかった。なんということだ、ボクは緊張しているんだ。それもそうだ。ボクはこんなにきらめいている人間を見たことがないんだから。
ボクは勇気をふり絞って教室に足を踏み入れ、一人本を読んでいる彼女にきらめきスマイルを向ける。
「やあ、君、とてもきらめいているね!君のようなキラキラ人間は初めてみたよ。あの、君の名前はなんていうんだい?」
彼女は驚いてボクを見た。みるみるうちに頬がばら色に染まっていく。まるで夕焼けのようだ。なんて美しい。
「わ、私、星川月夜(ほしかわつくよ)っていうの」
「おお、なんて美しい名前なんだ!皆を静かに照らし輝く君にぴったりの名前だね。ボクは煌木光輝というんだ。よろしくね」
「ふふっ、知っているわ。みんなあなたのことを知っているわよ」
月夜さんはくすくすと笑った。その笑い声は天使の鳴らす鈴のようにボクの心に鳴り響いた。もっと、ずっと聞いていたい。次に何を言おうか考えることができない。今までこんなことなかったのに。彼女のきらめきにあてられてしまったのだろうか。
「ボ、ボクは、もっと君のことが知りたいんだ。君ほどきらめいている人に初めてであったから。もう少しおしゃべりしてもいいかな……?」
心臓がどきんどきんと音を立てる。どうしてこんなに緊張するんだろう。ボクは今まで人に断られたことがないのに、月夜さんに断られたらどうしようなんて考えてしまう。
彼女ははにかみながらほほえみ、やわらかで暖かい、ハープのような声で言った。
「私なんかでよければ。私も煌木くんとお話してみたかったの」
ボクは安心して、ほーっと息を吐く。月夜さんのようにきらめいている人と話せるなんて、なんてうれしいことだろう。きらめきについて詳しく話せるだろうか。そのうち一緒にきらパトができたりして……。考えるだけで心臓のどきどきが高まる。こんなにどきどきするのは初めてだ。
ボクは深呼吸して月夜さんの前の席の椅子に座った。いったい何を話そうか。ひとまず月夜さんが今まで一番きらめいた時のことを聞いてみようか。
わくわくとどきどきがとまらない。ボクは今、最高にきらめいているだろうな。
「香水」
そろそろ八月も終わりだというのに、太陽に焼かれそうなほどの暑さは衰えることを知らない。この炎天下の中、歩いて家に帰らないといけないなんてどうかしてる。出かけるのをもっと夕方にすればよかったな……。暑さに限界でどこか涼しいところで休もうとあたりを見渡すと、見覚えのない店が目に入った。最近できたんだろうか。ベージュ色の外観で、きれいに咲いた花の鉢植えが飾ってある、こじんまりとしていてかわいいお店。丸いショーウィンドウには色とりどりの硝子の小瓶が飾ってあった。
『本物仕立ての香水売ってます』
立て看板には丸っこい文字でこう書かれていた。どういうことだろう。香水の本場から輸入してるのかな。いったい何が本物なんだろう。興味がわいてきて、涼みがてら店に入ることにした。
店の中は柔らかい白の照明で照らされていて、机や棚に所狭しと香水の瓶が置いてあった。びんの横には小さな紙が置いてあって、香水の説明が書いてある。見てみると「焼きたてのフランスパンの香り」とか「摘みたての苺の香り」とか「お菓子屋さんを通りかかったときにするバターの香り」とか、普通の香水にはないような香りが多い。というか、焼きたてのフランスパンの香りを漂わせている人ってどうなの?嫌な香りではないけど、なんだか不思議なお店。
「いらっしゃい、可愛いお嬢さん。香水に興味がおありかい?」
店の奥から白いひげを蓄えたちいさなおじいさんが出てきた。まるで白雪姫に出てくるこびとみたい。店主だろうか。
「そこはおいしい香りのコーナーだよ。気になるのがあったらかいでみるといい」
正直どんな香りなのか気になっていたので、「摘みたての苺の香り」のテスターをかいでみた。
そっと鼻を近づけた瞬間、さわやかで甘酸っぱい苺の香りが鼻を通り抜けた。甘いだけじゃなく、うっすらと葉っぱの少し青臭い香りと土の香りもする。しかしそれが苺の香りを邪魔しているのではなく、まるでたったいま苺狩りをしていて苺を摘んだかのように感じるのだ。
「す、すごい……」
思わず声が漏れた。これが本物仕立てという意味なのか。日常の一コマからそのままもってきたような、自然の香りだ。
おじいさんが自慢げにうなずいた。
「ふふふ、そうじゃろう。私が世界各地を飛び回って見つけたとっておきの香りをつかっておるからね。他にもいろいろあるよ。これとかどうかね。若いお嬢さんにはちと地味すぎるかな」
おじいさんがさしだした瓶には「夏の森の中の香り」とある。
そっとかいでみると、木々や草、岩やかすかな水の香りがただよってくる。においをかいだだけなのに、マイナスイオンというのか体が冷えて涼しくなるように感じる。本当はそんなことないのに、今夏の森の中にたたずんでいるような気持ちだった。
感激している私を見ておじいさんがほほえむ。
「本物の香りを閉じ込めて作ってあるから、いい香りがするじゃろう。すぐ香りが消えてしまうのが玉に瑕じゃが、気分転換に使う分には問題ないよ」
「だから本物みたいな香りがするんですね」
いいながら店内を見渡すと、店の端っこに隠すようにおかれた小さな棚を見つけた。そこにもたくさんの香水がおかれている。私が小さな棚に近づくと、おじいさんは嬉しそうな顔をした。
「おお、その棚に気づいたか。そこはちょっと癖があるがいい香りが集まっておるぞ」
「古びた遺跡の香り」、「新築の香り」、「鉛筆を削ったときの香り」などなど、確かに癖が強いものが多い。嫌いな人もいるけれど、癖になってついかぎたくなっちゃう人もいるような香りたち。
試しに「古びた遺跡の香り」をかいでみたら、じめっとして土や苔の入り混じった香りがした。古い、こもったような、でも歴史を感じる重厚な香り。
店の中を一通り見た時には、私はすっかりこの店を気に入っていた。一番気に入った「夏の森の中の香り」を持ってお会計に向かった。
おじいさんは私が選んだ香水の瓶を愛し気に撫でる。
「お嬢さんはお目が高い。この香りはわたしのお気に入りだよ。世界中の森を探して手に入れたんだ。大事にしておくれよ」
「ええ、もちろんです」
深緑色の袋に入れられた香水を持って、私は微笑んだ。
「また、来ますね」
外は相変わらずうだるように暑かった。でももう嫌じゃない。暑い時にこそ、今日買った「夏の森の中の香り」の出番なんだから。明日出かけるときにはこの香水をつけていこう。憂鬱だったお出かけが少し楽しみになった。