2034年、秋の事だった。
からっ風が身に染みる中、俺は公園のベンチに座り
携帯型端末を覗き込んでいた。
「あとちょっとだ。あとちょっとで上手くいく。」
「彼女」と会話をしながら俺は端末を操り
とある場所にアクセスをしていた。
「彼女」とはアシスタントAI。
いわゆる俺の秘書の様な存在である。
「彼女」は言った。
「本当に上手くいきますかね?」
AIなのに懐疑的である。
「絶対に上手くいく。確信があるんだ。」
俺には分かっている。
この企業には必ず裏があると。
数年前から追い続けていたのだ。
その企業は元々は妹が入社した会社だった。
だが、妹はそそくさとその企業を退職した。
俺は妹の様子を見て何かあったのだろうかと
疑問に思い調査に乗り出した。
それから気づいたら数年が経過していた。
「妹さんは本当に何かに気づいてしまったんでしょうか?」
「恐らく、気づいてはいけない何かに気づいてしまったんだ。」
俺にはわかる。
この企業は闇取引をしていると。
その証拠を妹は見つけてしまったのだと。
妹はなんとか逃げ出せたのだと思えば
すこし安堵すべきか。
「絶対に見つけ出してやる。」
妹が逃げ出す程の事だ。
恐らく途轍もない事案だったのだろう。
身の危険を感じた妹は実家に帰っていて安静している。
妹はたまにぶつぶつと何かを呟くのだ。
だが、俺にはその内容を理解する事は出来なかった。
だからこそ何としてでも証拠を探す必要があった。
「恐らくこの辺りだと思うのだが。」
「罠にだけは気をつけて下さいね。」
「わかってる。」
俺は絶対にヘマはしない。
常に用意周到で「作業」をするからだ。
「っ、あった。こいつか。」
何年も探し続けていたデータ。
これが、そのデータ。
それはいわゆる「細菌兵器」と呼ばれる物だった
「なんで、一企業がこんな物騒な物を。」
俺はそれを証拠として確保しようとした時だった。
「!!罠です!」
「ちっ、やはり仕掛けてあったか。」
企業側も当然の様に守りは厳重である。
俺の予想ほこんな事位、織り込み済みだ。
このデータはそれだけ重要なデータだという事だ。
何とか追跡を躱したものの
データは一部だけ取り損なった。
まぁ、いい。
一部だけとはいえ証拠は見つかったのだ。
問題はこれをどうやって突き出すかだ。
「彼女」も思案している様だった。
「では匿名で法務省に送ってみては」
「流石にそれでは動かんだろう。」
残りの取り損ねたデータは消されるかもしれない。
だが一部は手元にある。
あとは妹がそこで何を見つけたかだ。
妹に直接聞くしかない。
だが妹は何かしらの衝撃を受けたのだろう。
話自体ほとんどしたがらない。
取り敢えず切り札は手元にある。
いつでも奴らをやれるのだから。
それでもいいか。
俺は端末を閉じそっとその場から離れた。
秋風は俺のコートをただただ静かに靡かせた。
「フラグメント」
「去年か、何やってたっけ?」
そう言えば去年買っていたあれ、大丈夫だろうかと
ふと、不安になった。多分大丈夫だろう。缶詰だし。
普段からあまり整理しないものだからがさつすぎるとよく言われる。
まぁ、いいじゃないか。(よくないけど)
衣替えだけはちゃんとするんだから。
(そんな問題じゃない)
去年はとにかくどたばたと起伏の激しい一年だった。
兄弟が結婚したり、猫が子を産んだりと
とにかく色々あった。
「そう言えば、最近お参りに行ってなかったな、
散歩がてらにお参りに行ってみようか。」
とか思ったり思わなかったり。
一年なんてあっという間。
人生なんてあっという間なんだから
楽しまなきゃ損だ。塞翁が馬という位だ。
楽しまなきゃ損だね。
「がさつかつ人生を楽しんでいるふりをしている人」
「私の唯一の友達は本でした。」
そんな言葉から私の話は始まった。
私はよく図書室に籠っていた。
周りの目を気にしなくで済むからだ。
読書の時だけだ。
そう感じられるのは。
私は所謂「居ない子」扱いされていた。
大人しいからだけでは無い。
「自分にも問題があるのだろうか。」
と思った時もあった。
周りは私を居ない子扱いし、
親からも学校からも何処に居ても
居ない子扱いだった。
図書室に居たある雨の日だった。
私はいつもの様に
独りで本を読んでいたら
「いつも何の本を読んでいるの?」
私はいきなり声をかけられ
ビクッとした。
私はいつも図書室の端っこで
ぼんやりとしながら
本を読んでいたからだ。
急に声をかけられ
驚くのも無理はない。
「空想もの。所謂ファンタジー。」
私は思わず無愛想に答えてしまった。
人との会話に慣れていないからだ。
「ふーん。その本、面白そうじゃん。」
私が持っていた本は
主人公が彼方此方に赴き
最後には魔王を倒すという
オーソドックスな
ファンタジーものだ。
「いつもそのシリーズ読んでるの?」
「うん。」
「それ、一体何巻まであるの?」
「十二巻位じゃない?」
確かこの本はその位で終わったはずだ。
まだ途中までしか読んでいない為、
実際にはわからないから
多分その位だろう。
「私も読もうかなぁ。
その本のシリーズどこの棚にあるの?」
思いもよらない仲間ができた様だ。
私は心の中で
「やっと仲間が初めてできた。」
と心の中でガッツポーズをした。
それから毎日その子と
一緒に本を読む様になった。
毎日がこんなに楽しいと
思いもしなかった。
だけどそんな毎日は
そう続かなかった。
その子はある日遠くの街へ
転校する事になった。
私はまた独りになるのか。
別に構わないけど。
でも、本当はちょっと寂しい。
その子が引っ越す前の日だった。
私はいつも読んでいたシリーズの本の
最初の本を買ってその子の家に
遊びに行った。
最後のお別れの代わりに
思い出として
その本をあげる事にした。
その子は「大切にするね。」
と言ってそっと手を添えて
受け取ってくれた。
私は今もその思い出を
忘れはしない。
大切な友達だった人との
思い出だから。
また、いつか会えるといいな。
「読書の思い出と絆」
私は空と空の狭間と言う空間で立ちすくんでいた。
空と空の狭間とは例えて言うなら
朝日が登った時の輝いた空と深く蒼に染まった昼の青空。
昼間の青空から赤みがかった夕焼けの空。
夕焼けの空から星が燦々と輝く夜空。
そんな空と空の狭間の空間とは実に曖昧かつ微妙なバランスで成り立っている。
私はそんな「空と空の狭間」という空間に住んでいた。いつから住んでいたのかは最早今となっては思い出せない。
そんなある日の事だった。
空と空の狭間に一人の少年がやってきた。
私はこの空間で私以外の人と言う存在に出会った事がこれまでに一度たりともなかったので戸惑った。
その少年はまだ幼くもどこか聡明そうな少年だった。この空間に初めてきたにもかかわらず落ち着いた様子で周囲を伺い、今自分はどのような状況なのか頭の中で考えているようだった。
私は困惑しながらも「どうして、こんな所に来たの?」と声をかけてみた。
少年は「わかんない。でも、お姉ちゃんずっとここに独りでいたの?」と私に問いかけた。
私は「私はずっと今まで独りだったのかな。私にはもう思い出せないよ。いつからここに住んでいたのかすら思い出せないのだから。」と答えた。
本当にいつからこの空間に住んでいたのか。
気づいたらこの曖昧な環境下に存在していたのだから。
ならこの少年は何処からやってきたのだろう。
私は少年の方を見ながら思案した。
この少年はたった独りでやってきたのだ。
だとしたら、何か必ず理由があるのだろう。
この少年はまだ幼い。にも関わらずこの空間にやってきたという事は私の様に「選ばれた」のだろうか。
私は元々地上で普通に生活をしていた、はずだった。
だが気が付いたらこの空間に存在していた。
私はいつからこの空間に存在していたのかは覚えていない。だが地上にいた、という事だけは覚えていた。ならこの少年も同じなのだろうか。
そんな事を頭の中で反芻していると少年が「ここって本当に何も無いの?お姉ちゃん一人だけなの?」
どこか不安そうな表情で話しかけてきた。
「大丈夫。お姉ちゃんはね、ずっと此処にいるから。独りじゃ無いよ。」
そんな問題じゃ無い。わかっている。
だけどそんな言葉しか思いつかない自分がもどかしかった。
少年はさらに不安そうな表情になり、
「おうちに帰りたい。」
と今にも泣き出しそうになっていた。
私は仕方なく取り敢えず目を瞑り深呼吸するよう少年に言った。
どうやらそれで落ち着いたらしい。
そして私は少年にそっとこの空間の事について語った。
「ここはね、空と空の間なんだ。朝には朝陽が燦々と登って昼には綺麗な青空になり、夕方には夕陽で赤く染まる。夜になればお星様がキラキラと輝いてとても綺麗なんだよ。」
「でも、お姉ちゃんしかいないんでしょ?」
「うん。でもね、今は寂しくは無いよ。君がここにいるから。」
「そっか。」
少年はなかば諦めたような風ではあった。
この状況を受け入れざると得ないと思ったのだろう。
もう独りじゃない、か。
独りだった頃はただただ空の様子だけを毎日観察していた。
毎日同じような空、だけど毎日同じでは無い。
時には嵐が吹き荒ぶ時もあり時には雪雲が深々と流れる時もあった。
同じようで同じでは無い毎日の空。
たまには空を見る事はいいのかもしれない。
そう私は思う事にした。
「空と空の狭間で」
水無月の始めの頃、私はしとしとと滴る雨露の雫を差している雨傘で受け、色取り取りの紫陽花の咲く道を伝い、行き付けの茶屋へ向かっていた。
その茶屋はかなり昔から在ったらしくどこか趣のある奥ゆかしい茶屋だ。
幼い頃だったか、私は父に連れられ此処に初めて訪れた時、水饅頭を食べさせてもらった。初めて食べたその時の味は今でも忘れられない程記憶に鮮明に焼き付いている。
瑞々しくも控えめな甘さの餡と程よい滑らかさの葛粉の生地に包まれた水饅頭。
そして一緒に出されたお茶のほろ苦さが私の好みであった。
私はそれを目当てに毎年この時期になるとどんなに忙しくとも此処へ寄る事にしている。
それは、普段の喧騒を道伝いに咲かせている紫陽花の花々が忘れさせてくれるからだ。
「昔は良かった。父や母、兄妹達といつも一緒に来て此処で一服し、皆でゆっくりとした時を過ごせていたからかな。」
そう思えば今は独り身で身軽にはなったものの、何処か寂しくも感じる時がある。
紫陽花の花は何も語りはしない。
しかし其の花々は昔からの記憶を思い出させてくれる。何処か懐かしくも優しかったあの頃の記憶を。
「紫陽花咲く道の追憶」