夏のお彼岸の日。
此岸と彼岸が近づく日。
もういない大好きなあの人も、この日だけは、やってくる。
でも
気をつけなきゃだめだよ。
死者と共に、招かざれぬものも
やってくるから。
生者を食らう恐ろしい怪異。
ほら
あなたのすぐそこに、、、
いつも通りに起きたら、愛する人がいる。
愛する人の笑っている顔が見られる。
僕はそんな日常が気に入っていた。
ずっと続くと思っていた。
僕はみんなとは違う。
見えてはいけないものが見える。
お化けみたいなそれを、やっつけるのが僕の仕事だった。
ある日、愛する人が難病にかかった。
余命一ヶ月。
僕はそれがお化けのせいだと知っていたけど、言わなかった。
いえなかったんだ。
ある日彼女が、僕を呼び出した。
余命残り一日になった日だった。
彼女は思い詰めた顔をしていた。
寿命が尽きるのが怖いのかと思ったが、違った。
逃げて。
彼女はそう言い放った。
遅かった。
僕はそう思った。
彼女は、取り憑かれた霊に生気を吸われて死ぬのだと思った。
違う。
彼女は取り憑かれていた。
僕はすぐに彼女についていた霊を、死に物狂いでやっつけた。
でも、彼女の寿命はもう尽きていた。
このままだと彼女は1人彼岸に行くことになる。
そんなの嫌だ。
僕はそう思った。
僕は不思議な場所を知っている。
それは、大きな穴だ。
この穴に落ちたものは、生者でも死者でも、悲願送りになってしまう恐ろしい穴。
僕はそこに、彼女もろとも落っこちた。
なんとか口を開けた少女が言う。
死なないで。
大丈夫だよ、とぼくは微笑む。
きみを1人にはしない。
そう言って、僕らは真っ暗な穴の中に、落ちていった。
ある学校の中にある、素晴らしい空に、真っ青な海。
みんなは最高だとはしゃいでいるが、僕は、はしゃぐことなんてできない。
この世界も所詮偽物。
そんなことを知っているのは、僕ぐらいなのだろうか、、、
僕は、一度死んでいる。
いや、死んだのは僕の元になったものだと言った方が正しいのだろうか。
昔僕は、ある事故で死んでしまった。
そのことを深く悲しんだ両親が作り出した存在。
それが僕だ。
機械技術が深く進歩したここでは、もう人間はほとんどいない。
ここにいる僕達は、アイ つまりAI によって作り出された人工知能なのだ。
環境破壊が進んだ地球では、本物の世界で生きることは許されず、アイが創り出したホログラム上で、人間として育てられる。
このことを知っているのは一部の人工知能だけ。
僕はそれを、絵空事未来と呼んでいる。
未来さえ決まっているこの世界で、幸せなど得られるのだろうか。
僕の人工知能を駆使しても、その答えは、まだ出そうにない。
彼女は今日も僕に話しかけている。
可愛くて、夢みがちで、カレがいないと生きてけない!なんて言っちゃう可愛い彼女。
そんな彼女が、大好きだ。
ある日彼女が、僕と一緒に食事をすると言っていた。
机の上に並べられた食事は、料理好きな彼女が作っただけあって、とっても美味しそうだ。
彼女は嬉しそうに、僕に
アーンして
なんて言いながら食べていた。
でも、残念なことに、この美味しそうな食事は、きっかり一人分余ってしまった。
そういえば、と彼女が切り出した。
カレが事故で入院した時、私が毎日お食事持ってきたよね。
ああ、そんなこともあったなと僕は思う。
あの時は本当にカレ死んじゃうかと思ったよ〜
ほんと、生きててよかった。
違う、違うんだ。
そう言って彼女に触れようとした僕の体は、彼女をするりとすり抜けた。
そう、僕は1年前に死んだ。
それは紛れもない事実だ。
僕はもう、この世にいない。
はずなのに。
彼女はその日から毎日誰かに話しかけている。
僕には見えない何かが彼女のカレとなって生きている。
彼女が話しかけているのは一体誰?
そう聞いても彼女は答えてくれない。
一年前に始まったこのすれ違いは、もう元には戻らないのだろうか、、、、
私は今日も、ひとりぼっち。
もうここに来てからは、人とも喋ってもいない。
ただ毎日、本を読む。
今のところ、その繰り返しが続いている。
そんな私に、私より2つくらい上であろう男の子が話しかけてきた。
きみもこの本好きなの?
そう言われて、驚いた。
この本を好きな人なんて、私以外いないと思っていたから。
思わず綻びそうになった顔を必死で隠したけれど、もう遅かった。
あはは、笑ってる。
で、この本のどんなところが好きなの?
ずるい。
そんな風にに聞かれたら、もう話したい気持ちが抑えられない。
その日私は、少年と夜がふけるまで話し込んでしまった。
そんな日がしばらく続いていったある日、少年から話があると言われた。
いつもの場所に行くと、小さな花束を抱えた彼が立っていた。
いつも通り話しかけると、少年が凛とした声で言い放った。
ずっと話しているうちに、きみのことが大好きになっちゃったんだ。
愛してる。
彼岸まで一緒に行こう。
愛してる。
ろくでもない彼氏に捨てられて自殺した私にとって、何よりの言葉だった。
私も彼が好きだ。
でも、それよりも先に、出てきた言葉があった。
きみも死んでるの?
とにかくそれに驚いた。
すると少年は、
僕はね、ある事故で死んじゃったんだ。
でも、きみに会って、どうしようもなかったこの死を受け入れられた。
彼岸でしか愛することは出来ないけど、受け止めきれないほどの愛をあげる。
だからこの気持ち、受けとってくれる?
こんなこと言われて、言うことはただ一つ。
喜んで。
彼岸行きの道を歩みながら、私たちは、同じ本を持った手を、そっと繋いで、微笑みあった。