光も音もない。
暗く、静かなその場所であなたは眠っている。
どうか安らかに。
【海の底】命の還る場所
「忘れ物です」
静かに差し出されたそれはきみが誕生日プレゼントにくれたライター。俺が昨日きみの部屋に忘れた物。
「ああ、すまない。ありがとう」
受け取って、確かめるように蓋を開けるとキンと高い金属音が響く。いい音だ。懐に仕舞ってきみを見ると、きみは少し不貞腐れたような顔をしている。
「……大切なものなら、忘れないでください」
「悪かった。わざわざ届けてくれて嬉しいよ」
――お陰で今日もきみに会えた。
きみだけに聞こえるように距離を縮めてそっと囁くと、きみは顔を赤くして足早に去っていく。
その背中を見送りながら、俺はきみと会う次の約束を考えていた。
【君に会いたくて】
わざと忘れたんだって言ったらきみは怒るかな
とある資産家が亡くなった。
謎の多い死だった。
残された一冊の日記帳。
綴られることのない日記だけがその真実を知っている。
【閉ざされた日記】
「うー、寒い」
びゅうと吹き抜けた風の冷たさに思わず身を縮めた。
冬の気配を運んできた風は、枯れた落ち葉とともに街の景色から秋を連れ去っていく。
「寒いね」
隣を歩く彼女のほっぺたは寒さで赤く染まっている。
「寒いとさ、あれ食べたくなるよね」
そう言って彼女が見つめるのはコンビニの明かり。彼女に手を引かれて、その手の温もりに誘われるままコンビニに入った。
「肉まんひとつください」
「ひとつでいいの?」
「うん。あんまり食べると夜ご飯食べられなくなっちゃうから。半分こしよ?」
そう言って、彼女は買った肉まんを半分に割る。湯気が白く見えるようなほかほかの肉まん。はい、と差し出されたそれを受け取って二人歩きながら食べる。
「おいしいね」
「うん」
肉まんを頬張って笑う彼女は見ているだけでぽかぽかする。
「早く帰ろう」
冬の色を纏い始めた街の中、繋いだ手から二人の体温を分け合いながら少しだけゆっくり歩いた。
【木枯らし】二人で身を寄せ合う帰り道
「きみは、きれいなひとだね」
と、僕を見つめて、彼は言う。
「どこが?そんなことないでしょ」
と、僕は言った。
「きみは、きれいだよ。こんなにきれいな人は初めて見た」
と、懲りずに彼は続ける。その眼差しは真剣だ。
真剣に、僕の手元に注がれている。
「……魚をこんなに綺麗に食べるなんて」
僕の手元の焼き魚。彼の熱い視線を受けながら、僕は食べ進めて骨だけが残った魚の最後の一切れを静かに口に運んだ。
【美しい】なんてきれいな食べ方なんだ!