箱庭メリィ

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7/17/2025, 9:14:52 AM

 本日、真夏日。
 30度なんてとうの昔に越え、額から汗を流しながら買い物袋を持つ手を握り直す。
 道の向こう、信号待ちの車のボンネットからは、ゆらゆらと陽炎が見える。

(あぁ、見るんじゃなかった。さらに暑い)

 ゆらゆらと景色の影が揺れる。
 ふっと、影がろうそくの火のように揺れた。

(このまま。このまま溶けて消えてなくなりたい……)

 ふと、そんなことを思った。

「え……?」

 思わず声が出た。歩いていた足が止まる。
 落ち込んでいるわけでも、何か病気をしているわけでもないのに、ふいに消えてここからいなくなりたいと思ったのだ。普段そんなことは微塵も思わない。うつなど自分とは無縁だと思うくらいに元気な自分が。

(おいでよ、と手招きされているように思えた。誰に? 誰でもない何かに――?)

 それは何だったのか。何も見えない。声も聞こえない。ただ、突然頭に言葉が浮かんだ。

(ホラー……?)

 浮かんだ考えを取り消すように、ぶんぶんと首を振った。暑い中首を振ったせいか、少しくらっとした。

「いやだいやだ、暑いからそんな滅入ったこと思うんだ!」

 誰に言うでもなく、声に出した。
  『何か』に意識を乗っ取られないように。

「アイスでも食べよ」

 ちょうど300メートルほど先にコンビニの看板を見つけた。休憩でもしよう。暑い中ずっと歩いていたから、あんなことが起こったのかもしれない。このまま熱中症にでもなったら大変だ。
 意識せず競歩のように急ぎ足になった。『何か』に取り憑かれまいとするかのように。 


「陽炎」/7/17『真昼の夢』

7/15/2025, 11:46:18 AM

たとえば、喧嘩をした時は
ココアにクッキーを添えて仲直り

たとえば、二人で外を歩く時は
何かいいことを三つずつ見つけること

たとえば、ワインを買ってきた日は
おつまみのお返しで、夜に仲良くする合図

たとえば、金曜の夜にポップコーンを買ってきたら
ソファで映画を二本見る

たとえば、休日の昼間は
チキンラーメンに卵を落としたのがお昼ごはん

ありきたりだけれど
私たち二人だけの密やかなルール


/7/16『二人だけの。』

7/15/2025, 9:06:49 AM

蝉の声。
道に群がるトンボの群れ。
アイスに素麺、スイカに海。
夏を彩るものは多数あれど、やっぱり私はあれ。

大好きな人との線香花火。


/7/15『夏』

7/14/2025, 10:00:01 AM


「あのっ、実はあなたのこと、好きです……!」

ベタといえば聞こえはいいが、定番中の定番、校舎裏に呼び出された翔子は、クラスの八尋に告白されていた。しかも、

「あのね、実はも何も、わたし、あなたがわたしのこと好きって知ってたわ」
「えぇっ!?」

とても緊張していただろうに、出鼻をくじかれた八尋は、真っ赤な顔になりながら真っ青になっていた。
翔子は、
(人ってこんな顔色出来るんだ)
と感心しながら、

「でもね、付き合うことは出来ないの。わたしはあなたのこと好きでもなんでもないから」

と断った。

「おっ、お友達からでも」
「既にクラスメイトじゃない」
「そうだけど、そうじゃなくてっ……」

八尋はしどろもどろしながらも食い下がったが、無情にも下校時刻を告げるチャイムが鳴った。
翔子は「じゃ、また明日」と手を振り、後方で待っていた友人たちと帰っていった。

「翔子さん……」

うなだれる八尋を夕焼けが照らす。
しばらく俯いていた八尋だったが、その内顔を上げ、校舎裏の影を振り向いた。

「どうだった!?」

振り向いた先の茂みから、三人の男子生徒が出てきた。一人はスマホを構えている。

「バッチリ!」

スマホを構えていた男子が、サムズアップをして答える。

「いや〜、名演技!」
「凄いな。あれ、ホントに自分のこと好きだと思ってるんだろ?」
「そりゃそうだろ。そうなるように演技してたんじゃん!」
「まんまと騙されてるな、あれ。ちょっと可哀想なくらい」
「振ってるんだからプラマイゼロだろ。むしろ「わたし好かれてるわ」ってプラスなんじゃねーの?」

わらわらと四人が集まって結果報告をしている。
八尋含むこの四人、実は三ヶ月も前から翔子を謀っていたのだ。
自分を好きだと誤解させるように行動をし、告白をした。上手くいけば付き合って騙し続ける予定だったのだが、振られたのは互いにとって幸か不幸か。
すべては役者を目指す八尋のためという大義名分を得た、立派なイタズラだ。

「しかし罰ゲームのせいで、もう告白させられるなんてビビったわー。ホントはもうちょっと好きにさせてから告るつもりだったのにさー」
「可哀想なことすんなよ」
「いや、でも付き合えたらアリっちゃアリだろ。結構可愛いじゃん?」
「何にしろ八尋、三ヶ月お疲れさん!」

四人は口々に今回の計画の成功を労いながら、鞄を持って校庭に向かっていった。みな笑顔だった。
四人がいた後ろに、一人の女子生徒がスマホを構えていることを、彼らは気づいていなかった。。


/7/14『隠された真実』

7/13/2025, 9:32:54 AM

大きな入道雲に真っ青な空。
夏休み。父方の祖父母の家へ帰省していたぼくは、昼食後に縁側付近の和室で大の字になって休んでいた。
両親は出掛けていて、二つ上の高校生の兄は二階の客室にいた。

「ふー」

すぐにこなれてしまう素麺が昼食だったとはいえ、三束は少し食べすぎたかもしれない。

「成長期の男の子はよく食べるねえ」なんて祖母はにこやかに言っていた。
「スイカがあるからな」と、ぶっきらぼうに祖父も続けていたが、おやつの時間に食べきれるか分からないほど、今のぼくは満腹だった。

ごろごろと何をするでもなく和室を転がってみる。いぐさの香りが心地よい。
山々に囲まれた祖父母の家は、都会のぼくの家より少し涼しく感じるのは、気のせいだろうか。昼時を少し過ぎたこの時間が暑くないわけではないのだが、クーラーがなくてもじんわり汗ばむくらいで、縁側の大きな窓を開けていれば十分風が入ってきた。

チリン、チリン。
空が口笛を吹いたかのような軽やかな音が耳をくすぐった。
閉じていた目を開けると、ガラス製のクラゲみたいな頭に鉄の棒を一本下げた風鈴が目に入った。
祖母のコレクションのひとつだった。玄関口には、なんとか鉄器という、ガラス製より音の高い鈴虫の声のような風鈴がある。

チリン、チリリン。
一度風が吹き始めると、後を追うように何度か風が吹き抜けた。
チリーン、リリン、リリーン。
大きな風が吹くと、玄関口のなんとか鉄器も音を鳴らす。
その後も、風が吹く度に涼やかな音が耳をよぎって――。
いつの間にか寝ていたぼくは、祖母の「スイカ切ったよー」の声で目を覚ました。
呼びに来た祖母はニコニコして「お昼寝気持ちよかったかね?」と言った。


/7/13『風鈴の音』

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