箱庭メリィ

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 本日、真夏日。
 30度なんてとうの昔に越え、額から汗を流しながら買い物袋を持つ手を握り直す。
 道の向こう、信号待ちの車のボンネットからは、ゆらゆらと陽炎が見える。

(あぁ、見るんじゃなかった。さらに暑い)

 ゆらゆらと景色の影が揺れる。
 ふっと、影がろうそくの火のように揺れた。

(このまま。このまま溶けて消えてなくなりたい……)

 ふと、そんなことを思った。

「え……?」

 思わず声が出た。歩いていた足が止まる。
 落ち込んでいるわけでも、何か病気をしているわけでもないのに、ふいに消えてここからいなくなりたいと思ったのだ。普段そんなことは微塵も思わない。うつなど自分とは無縁だと思うくらいに元気な自分が。

(おいでよ、と手招きされているように思えた。誰に? 誰でもない何かに――?)

 それは何だったのか。何も見えない。声も聞こえない。ただ、突然頭に言葉が浮かんだ。

(ホラー……?)

 浮かんだ考えを取り消すように、ぶんぶんと首を振った。暑い中首を振ったせいか、少しくらっとした。

「いやだいやだ、暑いからそんな滅入ったこと思うんだ!」

 誰に言うでもなく、声に出した。
  『何か』に意識を乗っ取られないように。

「アイスでも食べよ」

 ちょうど300メートルほど先にコンビニの看板を見つけた。休憩でもしよう。暑い中ずっと歩いていたから、あんなことが起こったのかもしれない。このまま熱中症にでもなったら大変だ。
 意識せず競歩のように急ぎ足になった。『何か』に取り憑かれまいとするかのように。 


「陽炎」/7/17『真昼の夢』

7/17/2025, 9:14:52 AM