私の子どもの頃の夢。
それはお人形になること。
可愛い服を着飾ってもらって、
おしゃれな靴を履かせてもらって、
髪もアレンジしてもらったりして。
持ち主によって大事にされ方は変わってくるけれど、
子どもの手に渡ったって、その子なりの大事の仕方で
大切に、愛してくれると思うの。
私は、愛されるお人形になりたかった。
こんなに殴られたり、
髪を引っ張られたりするんじゃなくて。
同じ引っ張るにしたって、髪を結んでくれるような、
愛のある行動がよかった。
今は、半分夢が叶ったかな?
誰にでも愛してもらえるようになったの。
毎晩毎晩。
いや、夜だけでなく昼も。
呼ばれればいつだって、愛されに飛んでいくよ。
いつか愛してくれると信じていた母の代わりに
愛をくれる人たちの元へ。
/6/24『子供の頃の夢』
朝。目が覚めたら、まだまどろみの中だった。
まどろみの中で知る、私は夢を見ていたのだと。
(誰かと手を繋いでいた。温かい――)
まどろみが浮かび上がっていく。
(隣にいたのは、青い瞳をした、大事な人――)
意識が、覚醒していく。
(その大事な人は、私にとても大事なことを言っていた――)
目が、覚めていく――。
(私の名前を呼んで、呼んで……。「大事なことだからね」って……。なんだっけ?思い出せない)
先程まで覚えていたはずの、大切だったはずの言葉が、朝の光に霧散した。
(とても大事なことだったのに。どうして。さっきまで覚えてたのに。あの人の顔も、もうおぼろげ……)
どこにもいかないでほしかった夢の記憶は覚醒とともに消え去り、昼には夢を見たことしか思い出せなくなっていた。
/6/23『どこにも行かないで』
誘われたから、仲間に入った。
冒険だから、共に戦った。
回復役(ヒーラー)だから、傷を治した。
咄嗟の攻撃を受けた時、あなたが私をかばった。
防護壁(シールド)が張れないから、強力な回復呪文を覚えた。
すべてあなたから始まったこと。
すべてあなたのためにしたこと。
あなたが勇敢な姿を見せてくれたから、私は――。
「どうした?」
「なんでもない」
見つめていたことがバレたが、何事もなかったようにごまかす。
「先を急ぐぞ。魔王城はすぐそこだ」
勇者の背中を見ながら、私は今日も仲間たちと冒険を続ける。
/6/22『君の背中を追って』
好き、嫌い、好き、嫌い、好き…………。
一片一片散っていく花びら。
それはまるで花占いのよう。
あぁ、ほら。また散っていく。
先程『好き』だったから、今度は『嫌い』か。
好き、嫌い、好き、嫌い……。
花が散る様子を見ていたら、突然の強い風が周囲を襲った。
自然に落ちていた花弁が突風の暴力によって、一息に花びらを散らしていった。
あとには、ひとつふたつしがみつくように残る花弁のみ。
花占いは途中で終わってしまった。
あぁ、でもこれは『好き』でも『嫌い』でもない、『無関心』ということなのかしら?
/6/21『好き、嫌い』
「雨のにおいがする。ここ入ろ」
かおりが日傘を畳んで喫茶店のドアを差した。
表に出ている看板に『淹れたてコーヒー』と『ケーキセット』の文字とイラストが躍っている。
言葉なく頷いたゆうきは、先に店に入るかおりの後に続いた。
「えーと、私このケーキセットとアメリカンで。ゆうきは?」
「私もケーキセット。ブレンド。ホットで」
かしこまりました、とメニューを下げていった店員の制服がかわいいとかおりが言う。
「さ、て」
店員がカウンターの内側に入ったのを見届けて、かおりは一言ずつ区切って言った。
「大丈夫?話聞くよ?」
今日は二人で三ヵ月ぶりに会う予定だった。駅前で待ち合わせて、手を振りながら来たかおりの顔を見たゆうきは、そのまま俯いてしまった。
かおりが何を言ってもたいした返事が返ってこないので、とりあえず歩き出したところだったのだが――。
「かおり……」
ゆうきが自分を呼んだ顔を見たかおりは何かを察し、通りすがりに見つけた喫茶店に入ったのだった。
「ほら、拭かないと乾いてカサカサになっちゃうよ?」
注文を終えた後、ダムが決壊したように声もなく泣き出したゆうきに、かおりはハンカチを差し出した。
窓の外では、ゆうきの涙に呼応したように雨が降り出した。
二人がカップに口を付けたのは、すっかりコーヒーが冷めてしまったあとだった。
/6/20『雨の香り、涙の跡』