箱庭メリィ

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6/22/2025, 7:59:02 AM

誘われたから、仲間に入った。
冒険だから、共に戦った。
回復役(ヒーラー)だから、傷を治した。
咄嗟の攻撃を受けた時、あなたが私をかばった。
防護壁(シールド)が張れないから、強力な回復呪文を覚えた。

すべてあなたから始まったこと。
すべてあなたのためにしたこと。
あなたが勇敢な姿を見せてくれたから、私は――。

「どうした?」
「なんでもない」

見つめていたことがバレたが、何事もなかったようにごまかす。

「先を急ぐぞ。魔王城はすぐそこだ」

勇者の背中を見ながら、私は今日も仲間たちと冒険を続ける。


/6/22『君の背中を追って』

6/21/2025, 8:06:27 AM

好き、嫌い、好き、嫌い、好き…………。

一片一片散っていく花びら。
それはまるで花占いのよう。
あぁ、ほら。また散っていく。

先程『好き』だったから、今度は『嫌い』か。

好き、嫌い、好き、嫌い……。

花が散る様子を見ていたら、突然の強い風が周囲を襲った。

自然に落ちていた花弁が突風の暴力によって、一息に花びらを散らしていった。

あとには、ひとつふたつしがみつくように残る花弁のみ。

花占いは途中で終わってしまった。
あぁ、でもこれは『好き』でも『嫌い』でもない、『無関心』ということなのかしら?


/6/21『好き、嫌い』

6/20/2025, 9:34:35 AM


「雨のにおいがする。ここ入ろ」
かおりが日傘を畳んで喫茶店のドアを差した。
表に出ている看板に『淹れたてコーヒー』と『ケーキセット』の文字とイラストが躍っている。
言葉なく頷いたゆうきは、先に店に入るかおりの後に続いた。

「えーと、私このケーキセットとアメリカンで。ゆうきは?」
「私もケーキセット。ブレンド。ホットで」
かしこまりました、とメニューを下げていった店員の制服がかわいいとかおりが言う。
「さ、て」
店員がカウンターの内側に入ったのを見届けて、かおりは一言ずつ区切って言った。
「大丈夫?話聞くよ?」

今日は二人で三ヵ月ぶりに会う予定だった。駅前で待ち合わせて、手を振りながら来たかおりの顔を見たゆうきは、そのまま俯いてしまった。
かおりが何を言ってもたいした返事が返ってこないので、とりあえず歩き出したところだったのだが――。
「かおり……」
ゆうきが自分を呼んだ顔を見たかおりは何かを察し、通りすがりに見つけた喫茶店に入ったのだった。

「ほら、拭かないと乾いてカサカサになっちゃうよ?」
注文を終えた後、ダムが決壊したように声もなく泣き出したゆうきに、かおりはハンカチを差し出した。
窓の外では、ゆうきの涙に呼応したように雨が降り出した。
二人がカップに口を付けたのは、すっかりコーヒーが冷めてしまったあとだった。


/6/20『雨の香り、涙の跡』

6/19/2025, 8:46:48 AM


「もしもし、もしもーし」


 孤独な穴の中で、誰かいないかと“それ”は彼方に声をかけた。

 だが、闇から答えるものは何もない。


「もしもーし……。だれもいないの……?」


 何もない闇の中、ひとりぼっち。
 寂しくて寂しくて、手で口を囲うように筒にして声をかける。

「おーい、おーい」

 やはり答えるものは何もなく、“それ”はとうとう寂しくて泣き出してしまった。

「くすん、くすん」



 静かに、静かに涙がこぼれる。



「くすん、くすん」



 どこから来たのか、どうしてここに来たのか、”それ”はわからない。

 わからないのに、ひとりぼっち。何をしたらいいのかも、わからない。



「くすん、くすん……――あれ?」



 ”それ”がしばらく泣いていると、するすると白く光る線が降りてきた。

 線は”それ”の足元にとぐろを巻き、しゅるしゅるとかさなっていく。

 じっと線が重なるのを見ていた”それ”は、ふと思いついた。


(なんだか、これ、『いと』みたいだな)

 光る線の端を持ち、苦労しながらなんとかそれを小指にくくりつけた。

(もしかしたら、いつかなにかでみた『いとでんわ』ができるかもしれない)



 糸の光に勇気をもらったのか、少し元気が出た”それ”は、もう一度手で口を筒のように覆って、闇の中に声をかけた。『糸』をくくりつけた小指を少し立てて。


「おーい、おーい」


 声をかけてしばらく待ってみる。

 しかし、何も返ってくることはなかった。


「やっぱり、ボクはひとりなのかな……?」


 新たにやってきた寂しさに、再び涙がこぼれそうになっていると、


「……ーい」


何かが闇の彼方から聞こえた。

 ”それ”は三度手を筒にして叫んだ。


「おーい!」

「……おーい」


 声が返ってきた。”それ”は嬉しくなって更に叫んだ。


「おーい!いるよ!ボクはここにいるよ!」

「誰だー?そこに誰かいるのかー?」


 今度は明確に返事が返ってきた。”それ”は喜び、その場で飛び跳ねた。

 また手を筒にして、声に返した。


「ボクはここにいるよー!」


/6/19『糸』

6/18/2025, 9:23:29 AM

頭上から声が聞こえてきた。
見上げると、どこかの高校のベランダで少年たちが言い合いをしている。

「もう諦めろよ」
「諦めるもんかっ!俺の悲願なのに!」
「お前の思いは分かるけど、高嶺の花だよ」
「高嶺の花でもいい!」

2階のベランダと地上とで喚きあうように言い合う少年たちは、何か小さなものを持っていた。

「十年以上も夢見てたんだぞ!叶えてみせる!」
「でもこんなの、到底叶いっこないだろ!」
「諦めなければ、夢は叶う!」

どこぞのヒーローのような発言をした少年は地上にいる少年に告げると、持っている小さなものを構えた。

(なんだ、あれ?)

希望に満ちた2階の少年が持っているものが気になり目を凝らすと、それは小さなプラスチックケースだった。

「行くぞー!」
「おー」

2階の少年の掛け声とともに、地上の少年が構える。

「うぉりゃー!」
「べっ。ちょっと、口狙うなよ!」
「狙ってねーよ!ってか、口開けんな!」

何かを落としたらしく、地上の少年が悲鳴を上げる。

(なんだ……?)

少年たちは互いに文句を言いながらも、再度プラスチックケースを構えた。

「もっかい行くぞー!」
「おー!」

ぽた、ぽた、と2階の少年の手から水滴が零れ落ちていく。何度か繰り返されるそれに、ようやく小さなプラスチックケースの中身が分かった。

(目薬……?)

2階の少年は、地上の少年に向かって目薬を放っていたのだ。

「だー!やっぱ入んねーって!届かねーよ!」
「届くよ!諦めんなよ!」
「首上げっぱなしの俺の身にもなれよ!」
「代わってやりてーけど、俺の夢はこっちなんだよ!もうすぐ予鈴鳴るぞ!」
「マジかよ、早く!」

休み時間の終わりが迫ってきているのだろうか、少年たちは焦って互いに口調が荒くなっていく。

「受け止めてくれよ!頼むからさぁ!」
「こっちだってさっさと受け止めてーわ!土台ムリなんだよ、2階から目薬なんてさぁ!」

地上の少年の言葉に、彼らの謎の行動にようやく合点がいった。

(あぁ、『2階から目薬』)

彼らは――2階にいる少年は、ことわざを体現したかったのだ。
地上の少年はそれに付き合わされているといったところだろう。

「あー、入んねー!」
「もっと狙いつけろよ!」
「めちゃくちゃ狙ってるよ!あー、もう半分なくなった!」
「もう⁉お前どんだけヘタクソなんだよ!野球部のエースだろ!」
「目薬にエース関係あるかよ!」

2階の少年が喚いた時、チャイムが鳴った。

「あぁっ!」
「もう戻るぞ!」
「昼休みも付き合え!」
「マジかよ!」

とうとう彼らの悲願が達することはなかったが、何かいいものを見た気がした。

(でも、『高嶺の花』は違うと思う)


/6/18『届かないのに』

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