ひとつ。またひとつ。
ひとつずつ。
夢見る少女だった頃のように、
ひとつずつ紡いでいくの。
新しい日課の始まり。
今日もまたペンを取る。
/6/7『夢見る少女のように』
胸に秘め続けた想いを今日遂げる。
ずっとずっと悲願だった。
この十年ずっとこの事だけを考えていた。
準備を終えた僕は洗面台の前で最終確認をする。
彼女の隣に立てるようにシックな黒い服を。
彼女が恥ずかしくないように黒い帽子を。
彼女が似合うと笑ってくれた髪型を。
彼女を傷つけないように手袋を。
彼女の元へ向かうための靴を。
彼女に贈るためのナイフを。
最後に鏡で笑顔の練習。
これで準備万端。
「首を洗って待っていろ」
さあ行こう。
彼女の息の根を止めるために。
/6/6『さあ行こう』
水たまりがあった。
雨上がりの地面にあるそれには晴れた空が浮かんでいる。
カラスが二羽水たまりに映り過ぎると、女性と男児の声が聞こえてきた。
紫陽花の植わる団地内の道路を一組の親子が歩いている。
「今日はどんな一日だった?」
「きょうはねー、コウくんとおりがみしてねー、なっちゃんとおすなばあそびしてー」
幼稚園の帰りらしく、手を繋いだ親子は楽しそうに話をしながら帰路を進んでいる。
「んでねー、あっ!」
「あっ、みっくん!」
何かを発見した男児が咄嗟に手を放し、母親の声にも振り返ることなく一目散にそこへ向かった。
ばしゃん!
勢いよく黄色い長靴に踏まれた水たまりは小さく波を上げて弾けた。
幸いそれほど深くはない水たまりだったので、男児は長靴以外濡れることなく、難を逃れた。
安堵の息をつく母親の気持ちを知ってか知らずか、男児は足先で水を蹴って戯れている。
「こら、みっくん! 勝手にママの手放さない!」
男児に追いついた母親が小さな手を掴んだ。
「もう帰るよ。ごはんの支度しなきゃ、パパ帰ってきちゃう」
「え! 今日パパ早く帰ってくるの!? うん、かえる!」
母親の言葉に笑顔を咲かせた男児は繋がれた母親の手を握り返した。
仲良く手を振って帰る親子の姿が水たまりに映る。
遠ざかっていく姿の遠くに、うっすらと虹が反射していた。
/6/5『水たまりに映る空』
好きなの。
好きで好きでたまらないの。
あなたのクールなところが好き。
あなたのおちゃめなところが好き。
オシャレに手を抜かないところが好き。
あなたがどんなことをしたって受け入れるわ。
実ることはないと思っていたこの想いは
ひょんなことからかなってしまって――。
あなたがわたしのことを好きと言ってくれる日が来るなんて思いもしなかった。
大好きなの。
大好きなの。
狂おしいほど愛してるの。
でもこれは、恋? 愛? それとも――?
殺したくなるくらい好きなのは、なに?
/6/4『恋か、愛か、それとも』
繋いだ小指が覚えている。
『約束だよ』
私と、あの人との約束。
「約束、したじゃない……っ」
嗚咽に混じった悲鳴は、相手には届かない。
「ずっと一緒だって! 言ったのにっ……!」
棺桶の向こうにはただ安らかに眠る彼女の姿のみ。
だが、相手は約束を違えたわけではなかった。
(約束、守ってるよ。ずっとあなたのそばにいる――)
彼女は生前の姿のまま、彼女の横にぴったりと寄り添い、約束を守っている。
/6/3『約束だよ』