箱庭メリィ

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6/1/2025, 2:29:23 PM

 ひざの上にのせた愛犬のポロを撫でながら恭子は窓の外を見た。

「あ、よかった。見てごらん、晴れたよ」

 愛おしそうに背を撫でる手は慈しみに溢れている。

「よかったねぇ。雨上がったよ。雨の中いくのは嫌だろうしねぇ」

 撫でられているポロは目をつむって気持ちよさそうにしている。薄茶色のくるんと丸まった毛はふわふわとしていて、まるでぬいぐるみのようだと恭子はいつも思う。

「ほらほら、虹も出てきたよ。これで渡れるね」

 恭子は手を止めず、撫で続ける。
 窓の外は雲の隙間から晴れ間が見えており、その向こう側にはうっすらと七色の橋が見えた。

「ポロちゃん、今までありがとうねぇ」

 恭子の声が震える。ぽたりと撫でる手に雫が落ちた。
 恭子の悲しみを表すように降っていた雨は、虹の橋を渡らせたい彼女の願いが届いたのか、通り雨で済んだ。

「ポロちゃん、天国(あっち)に着いたら、空から私達を見守っててね」

 恭子はようやく、撫でる手を止められた。


/6/1『雨上がり』

5/31/2025, 8:51:56 PM

「惚れたほうが負け」なんて言うけれど

  両想いになった時点でドローでしょ


/5/31『勝ち負けなんて』

5/30/2025, 2:52:37 PM

『そうして彼らは新たな街へと旅立つのだった。
    〜 Fin 〜』

 カタカタ、カタン、と最後の文字まで打ち終えると、作者は今までの旅を一身に背負ったかのように盛大な伸びをした。
 いや、書いたのは彼なのだから、旅をしてきたのは彼だと言っても過言ではないのだが。

「うーん。ようやく終わったー。さ、休憩してから担当さんに送るかー」

 独り言を呟いて彼が部屋から出ると、誰もいないはずの部屋に話し声がしだした。

『なぁ、おれらの旅、終わったって書いてあるぜ?』
『始まりがあれば終わるもの、当然でしょう』
『でもでも、まだ魔王倒してないよ?』

 ぼそぼそとした声がだんだんとはっきりしだしたかと思えば、先程終了を書かれたあとの部分からつらつらと文字が増えている。
 それは彼の書いたファンタジー小説の主人公たちのセリフだった。

『こんなところで終わらせられてたまるかよ』
『しかし、そうは言ってもですね。作者(神)が私達の冒険はここで終わりだと仰ったのです』
『まだまだ途中なのに? ヒドくない?』

 主人公の勇者、眼鏡をかけた賢者、魔法使いの少女、セリフはまだまだ連なっていく。

『あ、終わらせなきゃいいんじゃないか?』
『は? 勝手にそんなこと出来るわけないでしょう』
『わ、ナイスアイディーア! あたし達で続けちゃえばいいんだ!』
『よし、そうと決まれば次の街へ出発だ!』
『ちょ、ちょっと、なにを勝手な――』
『おー!』

 勇者たちは、閉ざされた道を切り開いてずんずん進んでいった。道なき道を進む二人を見て、賢者は戸惑っている。

『ぼーっとしてると置いていくぞー』

 が、勇者の声に慌ててあとを追いかけた。


 しばらくすると、コーヒーとスマホを持った作者が部屋に戻ってきた。
「あ、担当さんですか? あの、さっき書き終わったって言ったやつなんですけど、続き、思いついちゃったんで書いていいですか?」


/5/30『まだ続く物語』

5/29/2025, 4:25:32 PM

「ねぇ、今日はどうするの? 泊まってく?」
「んー、いや、出てく」
「……そう」

 僕の好きな人は、恋人になってくれない。

「泊めてくれてありがとね。またいつか」
「ねぇ」

 彼女が左のロングブーツのジッパーを上げてる時、声をかけた。

「好きだよ」
「うん。ありがとう」
「そろそろさ」
「また連絡するね」

 僕の言葉を遮った彼女は、にっこり笑ってひらひらと手を振る。
 別れ際はいつも『かわいい彼女』そのものなのに。

 誰かの家を転々として特定の相手を作らない。
 学部も学校も違うのに、近隣の大学で有名な彼女は『渡り鳥』と呼ばれている。


/5/29『渡り鳥』

5/28/2025, 4:15:16 PM

「どうしてアンタはそんなに速いんだ?」
「どうしても何も、心に浮かぶままを連ねているだけさ。溢れて止まらないんだ」

 そこらに散らばる紙に書いてあるいくつもの言葉、言葉、言葉。
 それは小説だったり詩だったり、俳句なんかもある。

(この人に書けないものはないのか)

種類豊富なだけでなく筆の速い師匠を見て、弟子は感嘆するしかなかった。


/05/28『さらさら』

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