遠い日の記憶。
昔々、お姉ちゃんと遊んだ記憶。
向こうでおかあさんが手を振っている。
大好きなふたり。
もう少し昔の記憶。
わたしは、鏡を覗いている。
一人で覗いているはずだったのに、時折わたしとよく似た顔の男の子と並んでいる。
おかしいな。わたしはずっと一人で遊んでいたはずのに。
――夢?
思い出そうとすると、ズキンと頭痛がした。
思い出してはいけない。
体がそう言っているように聞こえる。
でも、夢にしてはいやにハッキリとした痛みが、わたしを苛んでいる。
(あれは……夢の中のあなたは誰?)
優しい声の、あの人。
/7/17『遠い日の記憶』
復刻ゲームのとあるルートっぽく。
アカとアオをよろしく。
「ねぇ、もうこうやって会うの終わりにしない?」
男は飲んでいたワイングラスを置くと静かに言った。
「えっ?どういうこと?」
共に食事をしていた女は驚きのあまり顔を上げた。
今まで仲の良い恋人同士だったと思っていたところに、神妙な面持ちで言われた言葉に身構える。
右手のナイフにはたった今食べた肉のソースがついている。
「あのさ」
女は何を言われるのか緊張のあまり咀嚼もままならず、ほぼかたまりのまま肉片を飲み込んだ。
「結婚を前提に、一緒に棲みませんか?」
男は女の目を見て言った。その瞳は緊張に揺れている。
「えっ?」
女は想定外の言葉を言われて驚いている。
「あっ。あの、これ――」
男は慌ててジャケットのポケットから紺色の小箱を取り出した。その姿は女の見るいつもの少し情けない彼そのものだ。
「本当は一緒に選びたかったんだけど、びっくりもさせたくて――。結婚指輪は一緒に見に行こう」
差し出された小箱の中で光るシルバーが照明を反射して輝いている。
「僕と結婚を前提に、一緒に暮らしてください」
女の目か涙が一筋流れた。
今度は男が驚く番だった。
「あ、あんまり真剣な表情で何言うのかと思ったら……。別れ話かと思った……!」
女は泣きながら男に言った。この数分で感情をあちこちに揺さぶられたせいだ。
しばらく泣いて落ち着きを取り戻したところで、
「よろしくお願いします」
小箱を受け取り、男に指輪を通してもらった。
デザートのラズベリーソースがけのジェラートの酸味が、この数十分間の女の心模様を表しているようだった。
/7/15『終わりにしよう』
「おおきな、くりの、きのしたでー」
あなたとわたし、の歌詞で向かい合ったあなたと手をつなぐ。
「なかよく遊びましょ?」
そこにいるはずのない『あなた』の腕が伸びてきて、小さな少女の手は鏡の中に吸い込まれた。
おおきな くりの きのしたで
/7/14『手を取り合って』
これまでずっと我慢していたけれど、もう限界。
そろそろキレちゃっても、いいよね?
私は周囲に誰もいないことを確認し、
(そもそも一人暮らしなので誰かがいることもないが)
「んはぁぁっ、かわいいぃぃぃぁぁ!」
ちょうど遊びにきてしまった恋人の存在も気にせず、今日やっとお迎えした愛犬となる子を撫でくり回した。
恋人は引いている。
犬は怯えて動けずにいる。
でも私はもう何も気にしない。
やっと、やっと、お迎えできた!
これから愛情注ぎまくる!
/7/12『これまでずっと』
どふぃくしょん。漫画的に読んでいただければ。
目が覚めると、いつもの朝と雰囲気が違うことがわかった。
いつもなら寝ぼけているはずの頭も、まだ覚めきっていないながらどこかスッキリしている。これは――。
「遅刻だ!!」
文字通り布団をはねのけて、飛び起きた。
不思議だ。いつもより体が軽い気がする。足元なんて床を踏んでいないかのようだ。
秒で歯を磨いて、朝ごはんの食パンを食べて、学校へ行こうと玄関のドアを開けて、気づいた。いつもの風景と違う、と。
“そこ”の俺は、これがいつもの風景だと信じているが、“別”の俺がこれは現実じゃないと告げている。
だってドアの外はいつもの庭じゃなくて、どこか別の、屋敷みたいな横に長い、広い庭みたいになってたんだ。
でも“俺”は違和感を覚えず門を開けて出かけようとする。
取っ手を握ったところで、“目覚ましが鳴った”。
「――あれ?」
目が覚めると、目が覚めたことに気がついた。
今まで見ていたのは、夢だった。夢の中で起きて、学校へ行こうとしていた。
さっきまでと感覚が違う。確かな重さが自分にある。布団の感覚。手に触れたスマホ。少し冷えた金属の感覚。
(夢か)
まだ覚醒しきってない頭でぼんやり考える。そして先程までの“夢”を思い出しながら、はたと思う。
(あれ? 今何時だ――?)
触れたスマホをそのまま手に持ち、時間を確認する。
「やっべ!」
夢の中ほどではなかったが、遅刻ギリギリの時間。
俺は慌ててベッドから飛び降り、床を蹴った。
/7/10『目が覚めると』
夢の中の夢って不思議。
「雨が降っているね」
「はぁ!? どうでもいいだろ、そんなこと!」
俯いた僕が言うと、隣にいた彼は怒号を飛ばした。
屋根を雨粒が叩いて、どんどん激しくなるものだから、事実を告げただけなのに。
「こんな雨の日は、喫茶店でゆっくりコーヒーでも飲みたいね」
「バカ言え! お前今どういう状況かわかってんのか!?」
のんきなことを言う奴だ、と彼は怒っているのだろう。
確かに。今はそんな悠長なことを言っている場合ではない。
でも、ちょっとした希望を呟くくらい、いいじゃないか。
「お前、ふざけるなよ? 幻覚でも見てんのか?」
「ははっ、幻覚なんて見えてたら、僕は今喫茶店にいるよ。」
もし幻覚が見えていたら、〇〇したいなんて、言うかね。
彼は喉を絞められたような声で「ふざけるな」とぼやいた。
(こんな激しい雨の降る日はさ、室内でゆっくり過ごすのがいいんだよ)
こんな、戦争なんてしていなくてさ。
こんなに激しい雨の日は、ヘルメットじゃなくてちゃんとした屋根の下で――そうだな、趣のある赤茶色の屋根がいいな。ジャズなんて掛かっててさ。
僕は静かに過ごしたかっただけなのに、君は窓際に座る女性をナンパしようだなんてバカなこと言い出してさ。注意されても聞かないから、マスターにクソ苦いコーヒーをお仕置きに出されたりして――。
「なんだよ、聞こえねぇよ……ッ!」
彼の僕の腹を押さえる手が強くなる。
僕が呟いていた言葉は、声にはなりきれていなかったらしい。
いつの間にか泣いていた彼のこぼす涙の衝撃が僕のヘルメットに伝わる。トン、トン、と雨とは違う音。
早く平和にならないかな。
僕たちはみな、誰も悪くない。武器を向けるほど、誰も憎くなんてないのに。
「早く、終わらせて、帰ろう」
「……そうだな」
眠ってしまう前の言葉は、彼に届いたらしい。相槌と共に、彼の手が離れた。
/5/31『天気の話なんてどうだっていいんだ。僕が話したいことは、』
スマホが震えた。
着信と同時に光った画面を見てみると、緑のアイコンと「通知 1件」の表示。
私はその通知を見て見ぬふりをして、作業中の手元に視線を戻した。
触れられなかったスマホは、時間経過とともに静かに暗くなった。
ブルルッ。
しばらくして、スマホが震えた。通知の数が増える。
私は視線だけスマホにやり、また無視をして作業に戻った。
ブルルッ。
ブルルッ。
鳴るスマホ。
増える通知。
ブルルッ。
ブルルッ。
ブルルッ。
いつの間にか、通知は12件、34件と数だけを増やしていく。
たまに見える、明るくなるスマホに見えるLINEの文字。
『会いたい』
『どこに行っちゃったの?』
『寂しいよ』
ブルルッ。
また通知。
もう何件目だろう。今日このスマホには何十もの通知があっている。だが持ち主は見もしていない。
ブルルッ。
『抱きしめてよ』
明るくなったスマホに映る送信された文字列。
テーブルに突っ伏した私のスマホと、同じ。
通知は数秒だけそれを表示して、53件目、と通知の数を重ねた。
帰ってこない、彼の、スマホ。
彼のように落ち着いた、シックな色合いのスマホだけが私の隣にいる。
私はここで、彼の部屋で、彼の帰りを待ち続けている。
ブルルッ。
既読のつかないメッセージだけが増える。
/7/11『1件のLINE』
「どうしてそんなに強くいられるの?」
よく聞かれる質問。
強く、が何に対してかわからないけれど、私は私でいるだけ。
周りのことなんか気にしない。
それでやっかみや茶々を入れられることもあるけれど、気にしない。
そういう人たちは、そんなヒマがあるのなら、自分もそうなれるよう努力すればいいのに。
ジャケットを羽織った逆手の手首にラインを入れて、ペンを置いた。
何にも負けない、強気な女性。バリキャリが主人公の短編マンガ。
短編なら、自身と正反対な人でも描けるかもしれないと思ったが、なかなか難航している。
自分にはない、マインド。
この主人公にとって、『私は私』は当たり前。
(私も、そうなれればいいのに――)
/7/9『私の当たり前』
夕暮れが街を包み込み、夜を連れてくる頃。
街頭がマジックの合図のように一気に灯った。
それを皮切りに、ポツリポツリとともりだす。
誰かがそれぞれの窓をノックしたように順番にともる灯り。
漏れてくる夕餉の香り。
今日の夕飯はなんだろう?
カレーかな?
/7/8『街の灯り』
『狐の嫁入りでもありそうな
今にも泣き出しそうな空』
仕事終わりに会う友人の返事はこう返ってきた。
今日はずっと屋内にいたので、外回りをしている彼に天気を聞いたのだが――。
本好きの彼に言わせると、ただの曇り空も詩的表現されてしまう。
「そんな面倒な言い回ししないで、単純に雨降るかわからんあいまいな空って言えよ」
/6/14『あいまいな空』
上げ忘れちゃんたち。