「ねぇ、もうこうやって会うの終わりにしない?」
男は飲んでいたワイングラスを置くと静かに言った。
「えっ?どういうこと?」
共に食事をしていた女は驚きのあまり顔を上げた。
今まで仲の良い恋人同士だったと思っていたところに、神妙な面持ちで言われた言葉に身構える。
右手のナイフにはたった今食べた肉のソースがついている。
「あのさ」
女は何を言われるのか緊張のあまり咀嚼もままならず、ほぼかたまりのまま肉片を飲み込んだ。
「結婚を前提に、一緒に棲みませんか?」
男は女の目を見て言った。その瞳は緊張に揺れている。
「えっ?」
女は想定外の言葉を言われて驚いている。
「あっ。あの、これ――」
男は慌ててジャケットのポケットから紺色の小箱を取り出した。その姿は女の見るいつもの少し情けない彼そのものだ。
「本当は一緒に選びたかったんだけど、びっくりもさせたくて――。結婚指輪は一緒に見に行こう」
差し出された小箱の中で光るシルバーが照明を反射して輝いている。
「僕と結婚を前提に、一緒に暮らしてください」
女の目か涙が一筋流れた。
今度は男が驚く番だった。
「あ、あんまり真剣な表情で何言うのかと思ったら……。別れ話かと思った……!」
女は泣きながら男に言った。この数分で感情をあちこちに揺さぶられたせいだ。
しばらく泣いて落ち着きを取り戻したところで、
「よろしくお願いします」
小箱を受け取り、男に指輪を通してもらった。
デザートのラズベリーソースがけのジェラートの酸味が、この数十分間の女の心模様を表しているようだった。
/7/15『終わりにしよう』
7/16/2023, 9:46:26 AM