「君は紫陽花のような人だね」
昔言われた言葉。
ずっと褒め言葉だと思っていたけれど、数年越しにとんだ思い違いだとわかった。
あれの真意は「君は八方美人のくせに、本心は絶対に誰にも見せないね」だ。
四方八方に花開いているように見せているあの花びらのようなものは、本当は萼だという。
そして皮肉を言われた花びら(誰にも見せない本心)は、萼に守られるようにして中心にある集合体のひとつひとつだ。
花言葉は『移り気』『無常』。
(無常ね。自分に振り向いてくれなかったからって、遠回しに嫌味言うかね?)
カフェの窓際の席で肘をつきぼやく。
降ってきた小雨が外の紫陽花の花々を叩く。
「きっとそういうトコが、アンタに振り向かなかった理由だわ」
青い紫陽花は静かにこちらを見ている。
/6/13『あじさい』
好きとか嫌いとか、思ってるならいいでしょ。
ライクでもラブでも関心があるわけだし。
好きも嫌いもない、どうでもいい人なら
Lの文字すらもないくらい
何の感情も動かされないの
/6/12『好き嫌い』
山にある神社の鳥居まで階段を登ると、眼下には住んでいる町並みが見える。
いつも行っている本屋やスポーツショップがジオラマのように小さい。
遠くにたまに出かけるショッピングセンターのピンクの看板が見える。
「おれ、ここに住んでるんだなぁ」
歩いている時は周りが大きく見えて、"自分"を感じることが出来るが、一度視点を変えてみると、ただ街(せかい)の一部でしかないことを知った。
それでも嫌な気分ではなくて、その小さな一部が合わさってこの景色が出来ているのだと思うと、自分もその景色を構築しているのだとどこか誇らしくも感じた。
遠くの高速道路に小さな車が走っていくのが見える。
もうすぐ6時。きっとあの中のどれかに父が乗っている車がある。
「父ちゃんが帰ってくる前に風呂沸かしとこ!」
階段に腰掛けていた尻の砂をはたき、元気よく階段を駆け下りた。
/『街』
「優しくて、面白くて、包容力があって、
私のこと好きでいてくれる。
家事もできて、掃除もマメだし、料理も上手なの。
でも神経質って感じじゃなくて、やり方とか押し付けないの。
私のこと大好きで、
離れたくないって言ってるけど束縛はしなくて、
私のこともほどほどに放置してくれて、
でも私が誰かとごはん行ったりすると嫉妬したりして、
でも束縛はしないの。そこまではないの。
それでね、家に帰ったらぎゅーってハグしてくれるの。
夜だって優しいよ。
それでね、それでね――――」
「まだ続くの?」
好きな人の相談をされた私は、げんなりとして言った。
「執事雇うか、アンドロイドでも作れば?」
/5/20『理想のあなた』
それは好きな人ではなく、好きなタイプの話でしょう?
やりたいこと
・一冊本を出す
・部屋の片付け
・日々5時間以上寝る。目標は6時間
・好きなことを見送らない
・上2つを実行するための時間管理
自分を守るために
好きな自分でいたいために。
/6/11『やりたいこと』
「明日、もしも世界が終わったらどうする?」
各々好きなことをして過ごしていた時のこと。
ふと言葉が漏れた。それは自身が思っているより問いかけとなって外に出てしまい、問いかけられた先の彼が本から視線を上げた。
眉間にしわを寄せた、随分怪訝な顔をしてこちらを見ている。
「何をくだらない質問をしているんだ? 君は」
くだらない質問。彼の答えも当然である。この世界の創造主である彼が『世界が終わったら』なんて自身の裁量でどうにでも出来てしまうことを考えるだけ無駄だからだ。
だから、もしするとしたらこうだ。『明日世界を終わらせることになったら』。
「はは、そうだね。きみには関係のないことだった。いいや、忘れて」
変な質問をした恥の誤魔化しと、本当にくだらない質問をしてしまったことを笑った。
そのまま会話も終了し、自然と各々の作業に戻った。
「そうだな、もし――」
「ん?」
それから30分ほどして小腹を満たすためのお供に紅茶を淹れていると、彼がぽつりとこぼした。
「もし本当に、不可抗力的に世界が終わることになるのなら――」
彼は視線は本に落としたまま、言葉を続ける。
「その時は、責任を持って君を消してあげよう」
ちらりと本のページを捲るのと同時にこちらに視線を流し、ニヤリと笑う。
自身の考えを見透かされているような瞳に目を逸らせなくなる。
(ああ、敵わないな)
どうしてあんな言葉が出てしまったのか。
理由は定かではない。もしかすると先日読んだ本の主人公と自分が重なったからかもしれない。
自身がここに来た時の願い。
存在を消したくて実行したら、迷子になってしまった。
そうしたら気まぐれに彼に拾われて、以来ここに居ついている。名目上、彼の世話役として。
それからしばらく経つが、気持ちが消えたわけではない。
しかし以前のように強くもない。むしろそう考えること自体少なくなってきている。
今回は、何かがきっかけでフタが開いてしまっただけで――。
こちらの驚いたような泣きそうな顔を認めると、彼は愉快そうに口角を歪めた。
「よかろう?」
「ああ、その時は頼むよ」
「喜んで」
そんな気は毛頭ない返事に笑みを返しながら、ティーセットを運んだ。
今日の茶菓子は彼の好きなアイスボックスクッキーだ。
/6/7『世界の終わりに君と』
ひんやりとした熱は
徐々に人肌へと温度を上げ
そして追い越していく
太陽に温められた空気は
すぐに熱くなり
出社する頃には
半袖になるくらいに暑くなる
朝日の温もりは妖精の吐息のように
ほんの一瞬
/6/9『朝日の温もり』
〈迷ったら、ここへ帰ってくればいいんだよ〉
そう言ってくれるような、いつもの時間にあるラジオ番組。
軽快な毒舌が売りの女性ナビゲーター。
ほぼ毎日のように聞くラジオネームの人。
十数年の間、色々あったけれど――。
何かがあった時、何もない時。
ふとラジオを付けたらいつもの声が聞こえてくる。
巷で良く聞く『実家のような安心感』とは、このことだろうか。
車を運転しながら、家事をしながら、考え事をするともなくいる自分の耳に、ただ流れてくれている。
そうして数日。ラジオに耳を委ねていると、また前を向いて歩く元気が湧いてくる。
迷っていた分かれ道を決断する勇気もくれる。
人生の道行きに、そっと寄り添ってくれる、大好きな番組だ。
/6/8『岐路』
最悪だ。
やばい。バレた、バレたバレたバレた……
あいつに好きなことがバレた。
ずっと隠しておくつもりだったのに
何の拍子か、あいつに俺があいつを好きなことがバレた!
あいつにバレたということは、もちろんあいつの彼女にもバレる。
あいつの彼女にもバレるということは、あいつの彼女と友達の俺の姉ちゃんにもバレる。
最悪だ…………。
姉ちゃんにバレるということは、オレがゲイだということをこすられいじられ続けるぞ。家族に黙っているということを盾にゆすり続けてくるに違いない。
このままずっと姉ちゃんの奴隷なんて絶対嫌だ。
ああ、想像しただけで最悪だ。
そして何より俺自身が最悪だ。
自己嫌悪だ。
何が最悪って――。
あいつに俺の好意がバレたことより、一生姉ちゃんの奴隷になる方が嫌だと思っている俺自身が最悪だ。
/『最悪』