ひんやりとした熱は
徐々に人肌へと温度を上げ
そして追い越していく
太陽に温められた空気は
すぐに熱くなり
出社する頃には
半袖になるくらいに暑くなる
朝日の温もりは妖精の吐息のように
ほんの一瞬
/6/9『朝日の温もり』
〈迷ったら、ここへ帰ってくればいいんだよ〉
そう言ってくれるような、いつもの時間にあるラジオ番組。
軽快な毒舌が売りの女性ナビゲーター。
ほぼ毎日のように聞くラジオネームの人。
十数年の間、色々あったけれど――。
何かがあった時、何もない時。
ふとラジオを付けたらいつもの声が聞こえてくる。
巷で良く聞く『実家のような安心感』とは、このことだろうか。
車を運転しながら、家事をしながら、考え事をするともなくいる自分の耳に、ただ流れてくれている。
そうして数日。ラジオに耳を委ねていると、また前を向いて歩く元気が湧いてくる。
迷っていた分かれ道を決断する勇気もくれる。
人生の道行きに、そっと寄り添ってくれる、大好きな番組だ。
/6/8『岐路』
最悪だ。
やばい。バレた、バレたバレたバレた……
あいつに好きなことがバレた。
ずっと隠しておくつもりだったのに
何の拍子か、あいつに俺があいつを好きなことがバレた!
あいつにバレたということは、もちろんあいつの彼女にもバレる。
あいつの彼女にもバレるということは、あいつの彼女と友達の俺の姉ちゃんにもバレる。
最悪だ…………。
姉ちゃんにバレるということは、オレがゲイだということをこすられいじられ続けるぞ。家族に黙っているということを盾にゆすり続けてくるに違いない。
このままずっと姉ちゃんの奴隷なんて絶対嫌だ。
ああ、想像しただけで最悪だ。
そして何より俺自身が最悪だ。
自己嫌悪だ。
何が最悪って――。
あいつに俺の好意がバレたことより、一生姉ちゃんの奴隷になる方が嫌だと思っている俺自身が最悪だ。
/『最悪』
「じゃあ、約束ね!」
指切りげんまんと小指を絡める。
約束好きなあなたに触れられる唯一の時。
「貴女はきちんと約束を守ってくれるから、大好き!」
笑顔のあなたを見る度に、内心複雑になる。
どうして私がこんなにもあなたとの約束を守っているか、貴女は分かり得ないだろう。
貴女と友達になってもう十年経つけれど、ひとつだけ。
たったひとつだけ、貴女との約束を破っていることがある。
「お互いに秘密はなし。なんでも話すこと。約束ね!」
八年前にした約束。
いつも名残惜しくなる離れる小指を、この時ばかりは早く振りほどきたくて仕方なかった。
ごめんね。
これだけは、貴女にも話すことが出来ない。
(私たちの好きは相違しているのよ)
贅沢な望みは言わない。
ただ、貴女の小指に触れる。それだけでいい。
それだけを許して。
/『誰にも言えない秘密』
とても窮屈な部屋にいる。
まっくらで、身動きも取れない。
手足は折り畳まされ、目を開けても壁があるだけ。
“生きる”ことしか許されない部屋。
早く出たい。
どんどん窮屈になる部屋に不安を覚える。
なのに不満がまったくないのは、温もりに満ちているから。
(早く出ておいで)
遠くで何よりも安心できる声が聞こえる。
新しい世界へ出るまで、あと数十日。
/6/4『狭い部屋』
「正直者が馬鹿を見る」から、ずるく生きようとしている。
そんな純粋な人ほど、バカを見ているのではないのかい?
/6/2『正直』
『君にもしものことがあったら、僕は生きていけないよ』
隣でそう言っていた貴方は、交通事故で死んでしまった。
千秋楽が終わったら、そのセリフを本物にしてもらうつもりだったのに。
「どうして告白する前にいなくなっちゃうのよ……!」
/『失恋』
「入梅の頃。覚えやすかろう?」
彼はそう言って目尻を下げた。チャームポイントの太眉と膝小僧が本日も愛らしい。
梅雨入りを知らせるその日は、彼の誕生日である。
正確に言うと、彼がそう決めた日である。
彼にとって大切な日。眼前にいる彼女に救い出してもらった日。
あの日手を引いてくれた彼女の微笑みは、彼は一生忘れないだろう。
しとしとと遠くの方で雨の降る気配がした。匂いもする。もうすぐこちらにも雨雲がくるだろう。
テレビのニュースで、今年は例年より早く梅雨入りしたと言っていた。
また一年が過ぎた。今年も彼女と共に過ごせることを彼は心から喜んでいる。彼女や同居人は、きっとパーティーとやらもして盛大に祝ってくれるのだろう。
梅雨入りのジメジメとした空気は、昔のことを思い出す彼にとって、彼の心を土砂降りに、そして梅雨明けのように晴れやかにするのであった。
/『梅雨』
あさき、〜の某彼を。
急ぎあげ。