まともな大人になれなくてごめんね
いつも迷惑をかけてごめんね
わがままばかり言ってしまってごめんね
心配ばかりかけてごめんね
近いうちに「ごめんね」を「ありがとう」に変えるから
待っててね
/5/29『「ごめんね」』
今日から衣替えだ。
道行きに合流した男子高校生三人は挨拶を交わした後、口々に言った。
「今日からだな」
「だな」
「去年からこれでよかったんだよ」
「な」
手で顔を仰ぐ青井。
同意する井上。
昨年までを思い出す江藤。
「なんで年々暑くなんのに、日にち基準なんかね?」
「さあ?」
「まあまあ。今年は気温基準で、今日から半袖になったからいいじゃん」
「そうだけどさあ」
衣替えのタイミングについて不満を漏らしていると、三人の横を自転車に乗った同校の女子が過ぎていった。
なんとはなしにそれを見送った三人は互いに口を閉ざし、そして、
「やっぱいいよな」
「半袖」
「うん、いいよな」
頷きあい、視線を交わした。
「うなじがさ、色っぽいんだよな」
「はぁ?ブラチラだろ、やっぱ!」
「そこまでいったらワキのラインだろ、普段見えないエロス……」
口々に性癖を暴露し、
「安直!安直すぎんよ、お前!」
「お前こそ、ブラチラとか夢見んなよ。イマドキみんなキャミくらい着てるだろ」
「そういうお前はマニアックすぎんだよ!なんだよ、ワキのラインて。ワキじゃねぇのかよ!」
「限られた袖口から覗くラインがいいんだよ」
「キモい!」
互いの癖に文句を付けあった。
(……バカばっか)
騒ぐ三人の声を聞いていた女子が内心呟いた。
少し先の横断歩道で信号停止していた先程の自転車の女子である。
/5/28『半袖』
何が始まりだったんだろう。
彼女は突然キレた。
どうやら長らくの不満があったらしいが、それが爆発したらしい。
彼女曰く少しずつ不満を出してはいたらしいが、僕から言わせれば、あれは不満の声には聞こえない。
結局のところ、その不満を喜んで(今思えばそういう風に見せかけていただけだろうが)受け入れていたのも彼女自身だ。
そんなに嫌だったのなら、許容せずハッキリと拒絶すればよかっただけのこと。
それに、僕にだって彼女に対して同じような不満がなかったわけではない。
お互い様でそこを許容した上でのつきあいではなかったのか。
彼女がキレたLINEを寄こした数時間後、「さっきは突然ごめん。でも――」と謝罪と言い訳と縋りつくような言葉の羅列が送られてきた。
(ああ、僕は君のそういうところがキライなんだよ)
情に絆されてずるずると関係を続けていたが、ギリギリで繋がっていた糸がぷつんと切れた音がした。
(もういいや)
指がブロックの文字をタップした。
/5/19『突然の別れ』
僕は向こうの仕事に就きたかった。
僕にここは不向きだ。
僕は門番をしている。
怒号と悲鳴が混じりあう人々をなだめ、別れる道々へ案内する日々。
上から下から文句ばかり言われて、平穏な日々を求める僕にこの仕事は刺激的すぎる。
もっと穏やかに静かに生きていたい。
私は門番をしている。
私はとても退屈していた。
ここの仕事はやりがいも何もなく、従順な人々を導くだけ。
いつもと違うことがあるとすれば、困惑している人を落ち着かせることくらいだ。
それも生来の性格からして大人しい人が多いため、それほど刺激になることもない。
退屈だ。もっと楽しい、激動の何かが欲しい。
遠めではあるが、こちらとあちらの門は互いに見ることが出来た。
下層から分かれていく人々を見送る。
あちらの門へ行く人は、なんて穏やかな顔をしているのだろう。
ぼんやりと見ていると、あちらの門番と目が合った。
何かが走った気がした。
信じられない。あちらの人間がそんなことを考えているとは僕には露ほども考えられなかった。
どうやらあちらも同じ考えのようだ。驚いた顔をしている。
僕たちは、互いの生活を羨んでいることがわかった。
テレパシーとでもいうのだろうか。
彼と目が合った瞬間に彼の意志が流れ込んだ気がした。
彼にもまた、私の意志が伝わってしまったようだ。
少し恥ずかしいな。天国の私がこのような荒々しい考えを持ってしまっているとバレてしまったなんて。
しかしそれは彼も同じだろうな。地獄の者でありながら天国の暮らしを羨むなんて。
自分と同じような者がいたことに、久しぶりに心が躍った。
/『天国と地獄』
私には許嫁がいる。
先日ふらりとやってきた仲介人が言っていた。
川向こうの人と縁を結んでくれるそうだ。
今度、仲介人を介して「指輪」を運んでもらうことになった。
しかし困ったことになった。
たった2〜3度のやり取りしかしていないのに、私は仲介人に恋をしてしまった。
確実に会えるのはあと一度。
指輪を持ってきてもらうその日だけだ。
どうしたらいいのだろう。
また指輪を運んで来てもらうことになればいいのだが、せっかく結んでもらった縁談を断るのも気が引ける。
もし、指輪を受け取る――受粉しなければ、彼はまた私のもとに来てくれるだろうか。
/5/18『恋物語』
空を見上げると、うっすらと月が見えた。
童話に出てくる猫が笑っているような、細く弧を描いた月。
(お星さまに願い事をすると叶うとよく聞くけれど、月に願い事をするとどうなるのかしら?)
数時間後に夜を連れてくるための標のように空に笑う月は、ともすれば嘲笑しているようにも見えた。
(今日の月は本当にあの猫みたい。あれで本当に願いを叶えてくれるのかしら?)
心持ちの問題だとは思うが、一度そうだと思ってしまうと本当にそう見えてしまう。
(――けど)
ニヤニヤとこちらを見下してくる笑みに一瞬心を逆撫でされた気がしたが、
(けど、それくらいのいい加減さがちょうどいいのかもしれない。“彼”は気まぐれだもの)
ふと思い直し、肩の力が抜けた。
「お月さま、どうか私の願いを叶えて」
人知れず呟いて、少し白が濃くなった月に祈った。
(些細なことに捕われない、強い心を持てますように)
/『月に願いを』
境内にお邪魔して身を寄せ合った。
突然降り出した雨は私たちの行く手を阻むようにどんどん強くなり、とうとう前が見えなくなるほどのゲリラ豪雨と化した。
折りたたみ傘は持っていたが、雨足の強さに歯が立つほどではなく、通りがかりの神社で雨宿りをすることにした。
「で、なんだったっけ?」
帰路の途中でしていた話を蒸し返す。
彼女から話したいことがあると呼び出されたが、カフェに寄るほどでもないと言っていたので下校時間を使ったのだ。
悩みのきっかけとなる話を聞いていたはずだったが、どこまで話していたか。思案しつつ彼女を見ると、濡れた靴先を見るように俯いていた。
制服のプリーツを指でいじりながら、彼女はぽつりぽつりと話し出す。
(あぁ、しまったなぁ――)
先程まで聞いていた明るめの話とは流れが変わったことに気付く。これまでの経験上、彼女のネガティブな話は始まるとなかなか止まらない。一言出た単語から芋づる式に記憶を掘り起こし、最初の話とかろうじて関連しているような話を延々と続けるのだ。
(今日の紐は、たぶんトラウマに繋がっているだろうから、きっと――)
思った束の間。案の定、ぽろりぽろりと彼女の目から涙がこぼれた。
それはだんだん勢いを増し、先程の空模様を再現したようだった。
(あーあぁ……)
読みが当たってしまったことに肩を落とし、こんなことなら素直にカフェに寄るんだったと後悔した。それも後の祭り。
ここによる理由となった当初の目的は果たされようとしている。
(ASMRなら、とっても素敵な環境音なのになぁ)
巷で人気の耳心地のいい環境音は、素敵なサムネイルさながら、今まさに風景と共にリアルに味わえている。
現実逃避をするように向けた先の景色は、人気動画そのものだ。
さて、雨宿りが終わるまで、あと何時間掛かるだろうか。
/『いつまでも降り止まない、雨』
大丈夫。
漠然としたブラックホールのような不安の
真っ只中にいるけれど、
その真っ黒の奥に微かな光があるのもわかっているでしょう?
それがいつ光ってくれるのかわからないまま
本当に光るのかも信じられないまま
ぐるぐると闇が渦巻いている今は
不安で不安でしょうがないけれど
大丈夫
もうすぐそれは輝きだして
後ろから背中を押して、闇から出してくれる
一歩踏み出せば、あとは歩けるでしょう?
まだ闇は背後にいるかもしれないけれど
少しずつ小さくなっていって、
こんな風に悩んでたなって
思い出のひとつの小石になるよ
/5/24『あの頃の不安だった私へ』
彼女は、僕のことが好きだ。
僕のことを好きだと言って、よく身を寄せてくる。
「わたしはあなたのためなら、なんだってできるの」
「あなたのためになるのなら、なんだってしてあげたいの」
口癖のように言っては、僕に尽くしてくれる。
「あなたが大好きだから、わたしの何を差し出してもいいの」
甲斐甲斐しく世話をしてくれたり、僕の行動を読んで先回りしたり色々フォローをしてくれる。
ただ、時折――
「それがあなたの糧になるのなら」
そう言って彼女は涙を流す。
尽くしているのが辛くなることがあるらしい。
僕のために、僕のことを考えすぎて、パンクしてしまうのだそうだ。共通の友人が言っていた。
(そんなに辛いなら、僕から離れればいいのに)
どんなに辛くても、彼女は僕から離れようとしない。
僕が大好きだから。
『あなたのために』
いつからか、僕は彼女のその言葉が重荷になっていることに気づいた。
彼女は隠しているのだろうが、微笑みに少し苦しそうなのが混ざっていることがある。
どうしてそうまでしても離れないのか。
それは僕が好きだから。
僕が例え彼女のことを思って苦しいと感じているのだとしても、彼女はその苦しんでいる僕を支えてあげることを喜びとしている。
彼女が原因の苦しみを、彼女自身が癒そうとしているのだ。
僕のために心身を捧げることが、彼女の生きがいだから。
本当なら感謝しないといけないのかもしれない。
彼女をそんな風に言うなんて罰当たりだと思われるかもしれない。
身勝手な男だと思われてもいい。
「あなたのために」とつきまとう彼女は、重荷でしかない。
これはもはや呪いだ。僕たちは呪いに囚われている。
僕は友人の域を超えてしまった彼女に。
彼女は、僕への好意が肥大した彼女自身に囚われている。
/5/23『逃れられない呪縛』
「おやすみなさい」
カーテンをしめる
夜の帳とともに今日に終わりを告げる
よかったことも
よくなかったことも
夜の闇に閉じ込めて
昨日に持っていってもらおう
目を閉じて、昨日となった日にさようなら
カーテンを開けたら
明日になった今日に出会えるんだ
/『昨日へのさよなら、明日との出会い』
コップにいっぱいの水がある
それはあなたの心模様
透明に見えるその水は何色?
/5/21『透明な水』