朽ちる流れに身を任せ、
気儘な寒空が肌を隠させる。
来たる暮相は曙色に染まり、
終を告げる風はどこか優しく。
外套を纏って帽子を目深く、
閑散に包まれた街路を歩く。
現世の石畳をあてもなく辿り、
堅い靴音と日常が木霊する。
微風が裾を翻し、
頬をよぎるそれにどこか嬉しく、
朱色一つの今世でもまた、
ひとりぼっちの旅が始まる。
【木枯らし】
知覚した。
眼前の衝撃に脳が強いられた。
焼きつくような感覚が全身にわたる。
今すぐ逃げろという信号が本能となって己を急かしている。
だが動けない。
指先一つも動かせない。
額に突きつけられた冷たい鉄の凶器に、理性が凍っている。
——なぜなんだ。
嘘と言い聞かせるには無理があった。
これから親友に殺されるとは、彼が想像できなかったのだから。
【どうして】
若さと老いを区切る一つの線。
緩やかに始まり、静かに衰えてゆくもの。
一つの生として死に辿り着くまでの長旅。
我々は摂理のなかにいる。
それは神意がそう定めたと、至極確かとはいえない。
確実なのは、誰しもが必ず節目を迎えることである。
どれだけ心が幼かろうが、躯は厭でも育っていく。
誰かが作った通行儀礼で、そういうものだと強調する齢を、多くの人間が経験するのだ。
【20歳】
群青に浮かぶ遠い灯。
人智が触れた白い星。
暗い彼方から覗く顔。
夢路へと導く淡い時。
【三日月】
ごまかすのは得意だ。
どんな時だって、ギリギリだろうがポーカーフェイスにすぐなれる。
嘘偽り上等さ。死ぬまで貫けられる。
今日だって友達とカフェでこんな話をしたんだ。人間は嘘をつく時に、顔のどこかを無意識に動かしてしまう、って。
目は口ほどに物を言うとは聞く。顔のパーツに関してなら、目元や鼻をひくつかせたり、じっと見つめるなどがある。
素直な奴は笑いを堪えきれない。嘘へのちょっとした罪悪感や、好奇心から来たりするし。
そうして俺がいろんな発想を言葉で並べてると、友達は突然こう言い出したんだ。
「幽霊はどうなんだろう、あいつら感情あるのかな」
微かに間をおいて、どうだろうな、と返した。
霊的には、持っている念の色次第で感情が異なると耳にしたことがある。特に赤色は攻撃的な意志を表すのだそうだ。だから絶対に離れろ、と言われてる。
過去にちょろっと読んだ本の内容を脳裏に浮かべつつ、
「幽霊が嘘をついてくるなんて話は聞いたことがない」
と、前例なしを挙げて現実ワードで返した。
「ははっ、そうだよね。僕らは見えないから証明しようがないもん。でもあったら面白いと思うんだよな」
「まあな」
少し楽しげな彼に短く相槌を打った。
まあ、俺もそういうのに偏見はないし乗れるから別にいいけど。そう言われると、見てみたさはちょっとだけある。
関心がうつった俺は冷めないうちにと、机に置かれたコーヒーカップを手にとり、縁に唇をつけた。
ふと友達を見る。
友達はプレートの上にあるチョコレートケーキをフォークで食べている。昔っから甘党だ。そういうのにはすぐ夢中になる。
そして何となく、後方に視線を移した。
テーブル席で一人の男が背筋を伸ばして座っている。
黒い背広姿だ。リーマンだろう。仕事の合間の一休みといったところか。
だけどブリーフケースが見当たらない。手ぶらでこのカフェに来たのかよ。真面目なのか自由なのか分からない人だ。
そう思っていたら、男がゆっくりと俺に振り向いた。
血色のない肌だった。
両目が真っ黒に染まっている。
大口を開けて笑顔を見せてきた。
「......確かに思うわ」
俺は平然と言葉を付け足して、コーヒーを啜った。
【何でもないフリ】