お金は、何かへの対価として支払われるものだ。
食べ物を買う、贈り物を買う、時としてサービスのような形に無いものも、買う為にお金を支払う。
だが、私には金よりも大事なものがあった。
『時間』だ、時は金なりという言葉があるように、
私には時間が、金よりも大事なものに思えてくる。
何をするにも、時間は必要で、それは金をかけても戻って来ない。
時間を支払って、何をする?
人生の時の砂を、何で埋める?
私達の人生には、常に時間がつきまとう。
生きる活力、何かを成し遂げる力、誰かを助ける覚悟。
それらの根幹には、何かしらの欲望があって、それを原動力に人々は動いている。
人間の心にとっての心拍が、欲望だとするならば
欲望の無い人間は心の鼓動がない事になる。
煩悩を厭う考えも存在するだろう、けれど…
欲望や煩悩は、その使い方次第で、大きな力を持つ味方になる。
そうした欲望は、ひいては扱う者によって変わる。
心に最初から善や悪の隔たりはなく、ただその人間の在り方で外側から見た人間がどう捉えるかという話になって来る。
…心を縛るだけが、全てではない。
時には、心の鎖を外す必要がある。
それが出来るかは、貴方次第だろう。
ガタンゴトンと揺れる列車の振動と、流れてゆく景色。
自分以外に、乗客は居らず、ただ列車の揺れる音だけが響いている。
少し遠くの座席には、誰かが座っていた跡がある。
…けれどそれだけ、特に知り合いが座ってた訳じゃない。
これがあの文豪の物語の中ならば、誰かと話をして、そしてその誰かとの突然の別れに涙しただろうか。
星屑の川は、そこにはなく…ただ暗い川の水面が通り過ぎてゆく。
俺は、こうしていつまでも独りでこの先も人生のレールの上を進んで行くのだろうか。
そんな事を思いながら、遠い実家に置いてきた父の三回忌に向かう為、列車の中でただ暗く深い夜の景色を見つめている。
荷物は、自分に必要なものだけを詰め込んだ手提げカバン一つ。
生まれ故郷を旅立つ理由は、特になかった。
ただ、新しい世界が見てみたい。
色んな人と話してみたい。
そんな、ちっぽけな理由だ。
こんな日に限って、空は冷たい雨を降らせている。
気分は当然上がらないが、だからと言って今更この足を止める理由はない。
生まれ故郷を離れて、遠くの街へ。
大人になったヒナが、巣から飛び立ち、広い大空に飛び立つように。
僕は、遠くの街へと向かう切符を手に、列車に乗り込んだ。
埋まらない孤独と、拭いきれない寂しさに、払い除ける事も出来ない苦しみのぬかるみに足を取られて動けない。
現実から逃げたくて、始めた趣味…絵を描くという、活動。
最初は、上手くいかなくて…自分には才能が無いんじゃないかと投げ出したくなった。
けれど、続けていくうちに、少しずつ、少しずつ…自分の絵が上達していくのを感じて、嬉しかった。
恐る恐る、描いた絵をネットに載せた。
初めて貰った、家族以外の人間からの評価…
それだけで満足したら良かったのに、それに味をしめて、それの為だけに絵を描く様になった。
けれど、人からの批判の言葉で心が折れかけて、目が覚めた。
自分の描きたいものに、今一度目を向けた。
現実逃避がきっかけで始めた絵は、いつしか現実に戻る為の近道になっていた。
絵を描くという仕事が、私の現実に色を付け始めたのだった。