すれ違う度に貴方に恋をする。もう何度したのかも分からない程に。思わず目で追ってしまう。1年中、そこに貴方がある限り。
春、満開の桜を見て微笑む貴方。その姿に仕草に一目惚れしてしまった。なんて熱しやすい男なのだろうと自分でも呆れてしまった。しかし、目が離せない。自分の髪についた花弁に触れる様、樹木に向かって手を優しく伸ばす様、全てが雅やかで…妖艶なことか。まるで天女様が地上に降り立ったのでは無いかとも思っても仕方がないほどだ。
そんな貴方が着ていたのは見覚えのあるセーラー服だった。このときほど天命に感謝すべくとしてすることなど今までもこれからも二度と無いだろう。
こんなに焦がれているのに貴方は霞の向こう側でただ微笑んでいらっしゃる。分かってはいたが到底、手の届く人では無かった。
貴方がその微笑みを絶やすことが無ければそれで良かった。汚れを知らずに生きて欲しい。…これは勝手なエゴの押し付けなのかもしれないが。
夏、汗を拭う姿すら美しかった。緑の生い茂る木の下で木漏れ日を受ける貴方は森に住む精霊のようだった。確かに存在している筈なのに、神秘のベールに包まれていた。そして美麗なのは外見だけでは無かった。
秋、紅葉のよく似合う人だった。落ち葉の上もを丁寧に歩いていた。紅葉の葉を撫でる手は何よりも美しかった。質感、形、色、全てが完璧だった。
冬、白い雪の中を歩く貴方。まるで雪の精のようだった。触れてしまえば、じゅわっと溶けてしまいそうで、それ程儚い姿だった。肌は白いのに寒さのせいか、鼻の先と頬を愛らしい桃色に染めていた。指の先、関節もそんな色だった。
又、春が来た。出会いの季節。でも今は別れの季節。あの人はもう居なくなる。これからの行方は分からない。秋は前線の関係で晴れは長くは続かないそうだ。まるで秋晴れのように去っていってしまった。紅葉の1番似合っていた貴方。紅葉と共に風にのり、水に流され離れていってしまった。
四六時中見ておける訳では無いから、行方すらも愚か名前も知らなかった。話したことも無い、なんなら向こうはこっちなんか景色と同化してしまっているだろう。そんな人に恋を、本気の恋をしてしまった。別れてしまうのは惜しいが、またいつかの春、出会いの春に出会えるかもしれない。あの人に。その時は声を掛けるんだ。貴方の後輩で、ずっと貴方に焦がれていたんです。
春が来た。出会い。かつてあの人と出会った桜の木の元へ足を進める。と、先客がいた。僕は動けなくなった。なんて美しい子なんだろう。細くて白い、透き通った肌。肩のあたりで綺麗に揃えられた髪。大きな黒い瞳。背中には赤色の………大きな…………そう、鞄だ。鞄。ただの。…人の目なんな気にするな。
僕は愛しい人を一度逃してしまった。でも今回はそんな失敗はしないさ。何でも把握して置くんだ。過去も今も未来も全てを知り尽くし、常に情報を更新していかなければ。
今度は逃しはしない。あんな馬鹿な間違いなんぞ二度と犯しはしないさ。僕は本気の恋をしたのだから。
忘れたくても忘れられない人。そんなもの経験してみたいよ。皆、泣きながら言うよ。別れたあの人の事が忘れられないの、ってさ。貴重な涙、労力をよくもそんな物に割けるなと、もはや感心すらしてしまうよ。
妬み嫉妬なんて醜いものではない。恋人がいなかったわけでは無いから。でも出会いも別れも、特別な感情は生まれなかった。私の心になんの色も残していかなかった。
……続く
夜が明けた。光が心地良い。ここは何処だろう。じんわりと血の巡りを感じる。…存在している。今まで何をしていたんだろう。何も思い出せない。
ふ腕にぐっと力を入れて上半身を持ち上げる。見ると、手足が濡れている。嫌、全身に重い水が纏わりついている。服が肌に張り付いて気持ちが悪い。
周りを見渡す。景色が広がっている。が、何も情報が入って来ない。脳の動きが、五感が、すっかり言う事を聞かなくなってしまったではないか。なんとも不思議な感覚だ、語彙力も感受性の欠片もないどこぞの馬鹿野郎になってしまったのか。嫌、元々こうだったのかもしれない。だってそれを否定できる記憶がすっぽりと抜けてしまっているのだから。
光が心地良い。柔らかな光が僕の肌をそっと撫でる。焦らなくて良いんだよ、と。
身体が軽くなっていることに気がついた。服を見ると乾いている。元からこうでしたよ、とでも言うように。嫌、元々こうだったのかもしれない。だってそれを否定できる記憶がすっぽりと抜けてしまっているのだから。
さて、ここは何処だろう。光、それだけしか感じられない。僕の脳が皮膚が、五感が情報を欲する。
耳を澄ます。何も聞こえない。耳を澄ます。この心地良い静寂にノイズが混じる。気持ちが悪い。眉をしかめる。音は止まない。耳を押さえる。鼓膜と外界を遮断する。ノイズが聞こえる。かえって音が大きくなる。これは、何だ?人の声?誰が僕に話しかける?誰なんだ!お前は!
光が眩しい。光は全身の毛穴から侵入し、僕の全身に行き渡る。
音は聞こえない。目の前にいる生物共は手を取り合っている。僕に向けて何やら音を発する。不快だ。何も聞こえていないんだぞ。気づけよ。
起こしかけた上半身を地面にぼふっと押し付ける。光った。頭の中に火花が散った。頭を押さえる、が何も変わらない。苦しい。穢いヘドロがドロリと流れ込んでくる。
思い出した。取り戻したかった記憶を。嫌、取り戻さないほうが幸せだったかもしれない。僕はここに存在するはずでは無かったんだ。自ら水と一体化する事を望んでいたのだ。そうか。そうか。そうか。だから、あのとき。
息が苦しくなる。大きな空気の泡が見える。何だ?水?水中なのか?今まで陸にあったはずの僕の体は適応し遅れ、酸素を求める。がぼっと大きな泡を吐く。何で、何で何で何で。僕は生き残れたんじゃないの?やっぱり駄目だったの?苦しいよ。助けてよ。誰か、誰も見てないの?
頬に温かい線を感じては消えてゆく。
感覚も薄れ、景色が歪み、時空が曲がり、何も、何も分からなくなった。
ここは何処だろう。やわらかな光が僕の肌をそっと撫でる。お疲れ様、と。
その視線が好きなんです。きっと貴方は気づいていないでしょうけど。私を見て三日月形に眼を細めて星の様に私に微笑みかける。そんな顔も好きなんです。風になびく長い黒髪も。私は肩までしかないから、そんな貴方も好きなんです。
好きになってしまったからもう貴方の全てが好きなんです。
でも絶対に認められない想いだから。伝えたら貴方はきっと私から離れていってしまう。だからそっと仕舞い込んで鍵をして、貴方の隣に居るために。
回りには高校生になって浮かれた奴らが次々にくっつき始めてる。でも貴方は違うでしょう?きっと親友を選んでくれるでしょう?だって貴方に渡してって頼まれた恋文なんて1つも渡した事はないし。放課後だって誰よりも早く貴方に話しかけて、隙なんて与えないんだから。
でも貴方の心には触れられなかった。鎖でも付けて何処かに閉じ込めてしまいたい。貴方は背が高くて髪の短い、男の子に恋をした。あの人が好きだと言われたのではない。しかし、いつも一緒に居たから誰よりも多く接したから。分かってしまう。貴方の視線が声色が、口調が、行動が、嫌と言うほどに私に悟らせる。
…………続く
地上は汚らしいから。親は私にことあるごとにそう言って聞かせた。
だから、こんな仕打ちにも耐え忍ばなければならない、とでも言いたいのだろうか?地上の汚染のせいだからと?馬鹿馬鹿しいにも程がある。
そんな事でも言って私が騙せるとでも思ったのか?嫌、守る為の善意からの嘘だったのだろうか。笑止、それは正義のふりに過ぎない。稚児の頃は騙されようともやがて身も心も大きくなり、力と頭脳を持つ。その様なことすらも理解出来ないはずは無いでしょう?
地上は汚染されていのよ。貴方はいつもそう言った。まるで大きな独り言。そう言って身体の内側から消毒した。嫌な事など見て知らぬふりをした。どす黒い何かをゴミ袋に詰めるみたいに。
でも、私にはそんなものは無いから。処理されずに腹にどんどん溜まっていった。私の腹の、胃の断面はどうなっているのだろうか。黒くて、触れただけで手が爛れてしまいそうな何かが隙間なく詰まっているのだろうか。
悪魔はそれを見てどんな顔をするだろう。なんて色だと嘲笑うだろうか。それとも仲間だと地底の世界に歓迎されるのだろうか。
天使はなんと思うだろう。透き通った涙を流し、慈悲の瞳を向けるのだろうか。それとも穢れた子めと突き落とされるのだろうか。
世の中そんな上手くはいかない。天使にも悪魔にも見放され無となり、虚空となり、万物と化し、大気を彷徨うのだろうか。
物音で意識は現実に引きずり出される。聞きたくない声が、音が脳に直接響く。
いつから始まったのだろう。いつから家が恐ろしくなってしまったのだろう。これは世の中で言う普通では無いはず。普通の家庭の母親は春の様な微笑みを浮かべ時には叱り、子を導く存在ではないのだろうか。
普通ではない。地上が汚らしいのではない、我が血族が穢れているのだ。そうでなければ説明がつかない。只の不幸な娘になってしまうではないか!では地上の何処かに逃げればいい。出来るだけ遠くに、瘴気の届かない場所まで。
でもそんなお金も場所も無い。なら何処に?どこに?どこにも行けない。行く場所がない。頼れる人がいない。誰も。だれも。なら天使か悪魔か?出来れば天使が良い。天使様に頼るしかない。縋るしかない。惨めな小娘をそっと掬い上げてくださいませ。救済を直ちに求めます。
両手の指を絡ませ、喧騒を背後に天を仰ぐ。何も起こらない。当たり前だ。誰も、救済者は居ないのだから。自分から行動しなければ誰も助けになんて来ないさ。ここは何階だ?そんな事はどうでもいいか。今は夜。外は暗いから時期に血が足らなくなるだろう。
天使様、今からそちらに参りますので後のご案内を宜しくお願い致します。
空を切る。意外に心地がいい。これから天にあがるのに、地上に向かうなんて少し不思議な感覚だ。悪魔が地面に見える。厭らしい笑みを醜い顔に張り付けている。天使様、あの悪魔どもの手に、爪に触れられる前にお願いしますね。そろそろです。高い、高いところに小さな赤い屋根のお家を建てて欲しいです。出来るだけ、高いところに地上から離れた場所に。だって地上は汚らしいのですから。