夜が明けた。光が心地良い。ここは何処だろう。じんわりと血の巡りを感じる。…存在している。今まで何をしていたんだろう。何も思い出せない。
ふ腕にぐっと力を入れて上半身を持ち上げる。見ると、手足が濡れている。嫌、全身に重い水が纏わりついている。服が肌に張り付いて気持ちが悪い。
周りを見渡す。景色が広がっている。が、何も情報が入って来ない。脳の動きが、五感が、すっかり言う事を聞かなくなってしまったではないか。なんとも不思議な感覚だ、語彙力も感受性の欠片もないどこぞの馬鹿野郎になってしまったのか。嫌、元々こうだったのかもしれない。だってそれを否定できる記憶がすっぽりと抜けてしまっているのだから。
光が心地良い。柔らかな光が僕の肌をそっと撫でる。焦らなくて良いんだよ、と。
身体が軽くなっていることに気がついた。服を見ると乾いている。元からこうでしたよ、とでも言うように。嫌、元々こうだったのかもしれない。だってそれを否定できる記憶がすっぽりと抜けてしまっているのだから。
さて、ここは何処だろう。光、それだけしか感じられない。僕の脳が皮膚が、五感が情報を欲する。
耳を澄ます。何も聞こえない。耳を澄ます。この心地良い静寂にノイズが混じる。気持ちが悪い。眉をしかめる。音は止まない。耳を押さえる。鼓膜と外界を遮断する。ノイズが聞こえる。かえって音が大きくなる。これは、何だ?人の声?誰が僕に話しかける?誰なんだ!お前は!
光が眩しい。光は全身の毛穴から侵入し、僕の全身に行き渡る。
音は聞こえない。目の前にいる生物共は手を取り合っている。僕に向けて何やら音を発する。不快だ。何も聞こえていないんだぞ。気づけよ。
起こしかけた上半身を地面にぼふっと押し付ける。光った。頭の中に火花が散った。頭を押さえる、が何も変わらない。苦しい。穢いヘドロがドロリと流れ込んでくる。
思い出した。取り戻したかった記憶を。嫌、取り戻さないほうが幸せだったかもしれない。僕はここに存在するはずでは無かったんだ。自ら水と一体化する事を望んでいたのだ。そうか。そうか。そうか。だから、あのとき。
息が苦しくなる。大きな空気の泡が見える。何だ?水?水中なのか?今まで陸にあったはずの僕の体は適応し遅れ、酸素を求める。がぼっと大きな泡を吐く。何で、何で何で何で。僕は生き残れたんじゃないの?やっぱり駄目だったの?苦しいよ。助けてよ。誰か、誰も見てないの?
頬に温かい線を感じては消えてゆく。
感覚も薄れ、景色が歪み、時空が曲がり、何も、何も分からなくなった。
ここは何処だろう。やわらかな光が僕の肌をそっと撫でる。お疲れ様、と。
10/16/2024, 11:37:52 AM