「【神様へ 今度の大会優勝したいです】ですって」
「あ〜、もうそんな時期かぁ。青春だねぇ」
「本人は、結構強く願ってますね」
「でもこの子1人が強く願っても、他の部員の子が願ってないからねぇ…。あとこの子、こういう事願う割に他の部員への嫌がらせしてるし、不採用かな」
「わかりました。取り下げときますね」
「次は、【神様へ 夫とこれからも穏やかに過ごせますように】です」
「定期的にくるやつね。この婦人は、お徳ポイント高いし、内容も叶えやすいから採用ね」
「はい。では長寿課へ回しておきますね。印をお願いします」
「はいはーい、ヨッと」
「次は…、うわっ、まただ…、【神様へ あの牛丼屋のあのメニューを復活させてください】ってここ1ヶ月毎日お願いしている子からです」
「この子か…。前も言ったけど、あれはさぁ、仕方がないんだよ。神もあのメニュー好きだから、気持ちはすごくわかる。牛丼を食べ交わしながら慰めてあげたいくらい」
「盃を酌み交わす みたいに言わないでくださいよ」
「だけどね、この世の中諸行無常で、色んな人間の色んな思いがあるから、簡単に叶えるわけにいかないんだよ。そもそもあのメニューはあの時代だから人気があったわけだし、いつまでもズルズルやってるとマンネリ化が進んじゃうから、人気が完全に落ちないうちに終わらせてしまった方が良かったんだよ。そしたら新しいメニューも開発されるわけだし、たまに復刻版と称して期間限定でやった方が有り難みが増すし。そうやってこの世の中回ってるんだよ。本当、気持ちはとてもわかるけど…」
「神さま牛丼屋の社員でした??」
快晴、それはもう清々しいほどの晴れた空。
心にあった違和感を確かめようと歩を止めて、
そっと振り返ると、晴れ空の下、彼が立っていた。
目が合うと、ゆっくりと微笑む彼に心臓が高鳴った。
「気付いてたなら言ってくれればいいのに」
穏やかに言葉を放つ笑顔からゆっくり後退りすると、彼も一歩、二歩、とこちらへ歩み寄ってきた。
「そんな…」
「今日は天気がいいね」
「どうして」
「快晴って、こういう空のことを言うんだろうね」
問いかけに答えない彼から何か引き出さなくては、
と考え足を止めた。彼も連動するように歩を緩める。
しかし思考をシャットダウンした頭の中は、警報が鳴り響くだけだった。走らなくては、と唯一の信号を脳から足へ呼びかけても、一度後退りを止めたそこは伝達を遮断したかのように動けない。
「さぁ、もういいだろう?諦めなよ。君の帰る場所も知っているよ」
笑みを引っ込めた彼の言葉に耳を疑った。なんで、と声に乗らなかった言葉が頭の中でこだまする。冷や汗が背中を流れ落ちた。
「今度は間違えない。2人で幸せになろう」
いつの間にか目の前まで来ていた彼に手首を握られ、骨の軋む感覚に顔を顰めた。トラウマが呼び起こされる痛みから解放されようと顔を上げると、
快晴に照らされた彼は、もう一度また目を細めた。
言葉にできない。本当、言葉にできない…。
彼女の料理が不味過ぎるなんて、言葉にできない。
付き合って2ヶ月。彼女が初めて手料理を振る舞ってくれたのはいいのだが、見た目からは想像ができないくらい不味い。どうしたものか…。彼女を傷つけない為にも「美味しい」と言った方がいいのか。
だが、それは彼女に嘘をつくことになる。もし何かのタイミングで美味しくないことに気付いた彼女は居た堪れない思いをするかもしれない。
しかし、「不味い」はもっと率直に彼女を傷つける。
(俺は、俺は、どうすれば…!)
「どお?美味しい?」
「あっ、あー、その、」
「ん?」
「こ、言葉にできないくらい…」
「そんなに美味しいってこと⁉︎嬉しい!」
満面の笑みを浮かべる彼女。
うん、嘘は言っていない。これで良かったんだ。
「おかわり分も持ってくるね!」
「えっ」
春爛漫、お腹は空っぽ、花より団子の諺を借りて、
近所のお団子屋さんに来た。
みたらし、あんこもいいけど、やっぱりこの季節は
三色団子に目を惹かれる。
ついでに店先のいちご大福も買って、近くの公園へと向かう。暖かい季節は、すれ違う人も浮き足だっている気がして、なんだかこちらまで足取りが軽くなる。
公園のベンチに座れば、すぐ近くに桜が咲き誇っていて、最高のロケーションに1人ペットボトルのお茶で乾杯をした。
三色団子の春色を食べ、いちご大福にも手を伸ばす。やさしい甘さに酔いしれ お茶をひと含みすれば、
「あー、幸せだぁ…」
思わず感嘆が出る。桜が嬉しそうにちらほら舞った。
春爛漫、お腹は満たされて、我が世の春。
誰よりも、ずっと
牛丼の話を書いている。
だって牛丼が好きだから。
気が付いたら牛丼のことを書いていて、自分にこんな感情があったのかと苦笑いする。
でも書いていて楽しいから書く。
これからも、きっと。