天気がいい日は不思議と身体が軽い。
何処にだって飛んでいけそうな気分になる。
窓の外から眺める景色は、いつも変わり映えのないもので、柱の木目を数えるのにもそろそろ飽きた。
此処から飛び出したいといつも思っていた。
いつものように窓枠の木目を数えていた時、ソレは目の前に現れた。「遊ぼうよ」と僕を誘うソレは子供のような見た目をしている。「何処からきたの?」と聞いても、「遊ぼうよ」しか返ってこない。気味が悪くなった僕は無視をすることにした。見えないふりをすれば、勝手にいなくなってくれるだろうと。
しかし、ソレは毎日僕の前に現れた。「遊ぼうよ」と言い、僕を見上げる。期待に満ちた眼差しが痛い。
毎日決まった時間に現れるソレに、僕は段々と興味が湧いてきた。
今日もいつもと同じ時間にソレが現れた。
「遊ぼうよ」
にこにこと笑いながら僕を見上げる。
僕は初めてソレに触れた。存在を確かめるように、頭を撫で、頬を触り、手を握る。僕の手の中にすっぽりと収まってしまう小さな手に、なんとも言えない高揚感が湧いてくる。
「なにをしようか」
「大好き!」
「ありがとうございます」
「肉まん、半分こしよ!」
「ありがとうございます。いただきます」
「てーつないで帰りたい!」
「はい」
俺の恋人は、感情を表に出さない。
いや、出してるけど見えづらいが、正しいか。
嫌なことは嫌だってはっきり言うけど、あいつの口から「好き」とか言われたことあるっけ。
俺が「大好き」って伝えると目を逸らす。綺麗に閉じられた薄い唇が綻んで、はにかみながら返事をする。気づいているかな、耳元が赤く染まること。
「好きです」
「え?」
俺の袖を握りながら、震えた声で話す。
「大好きです」
海のように深い青色の瞳から、涙が溢れている。
いつもの帰り道。学校近くのコンビニに行き、買い食いをして家まで帰る、はずだった。
「な、泣かないで、どうしたの?」
とめどなく溢れる涙を拭うために、頬を指で撫でる。しゃくりをあげて泣く君の顔は涙と鼻水で濡れていた。
「4月から…会えなくなるから。好きって…言える時はたくさんあったのに…」
「好きです…大好きです」
涙を流しながらもその瞳は真っ直ぐに俺を見つめている。
俺の恋人は、感情を表に出さない。
否、俺の恋人は分かりやすい。
泣いたり、笑ったり、怒ったり、驚いたり。子供のように表情が変わる。そんな表情を見ることが一番の楽しみだ。
そして俺の恋人は、どうやら俺のことが大好きみたいだ。
「俺も大好き!」
「こっちだよ、ねえこっち」
思わず鼻を覆ってしまいたくなるような、ひどく甘い香りがした。
「ふふふ、こっちこっち」
声の主が何処にいるのか、辺りを見回しても姿はない。
「ねえ、わざと無視してる?」
鈴のような声に苛立ちが混じる。
暖かかった空気が冷えていくのを感じる。
「見えてるでしょ」
「すまないが何を言ってるかさっぱり…」
「見ようとしてないだけ」
「いや…」
「ほら、あなたの手こんなに暖かい」
懐かしい声がした。
名前を呼ぶ声がした。
でも、振り返っても誰もいない。
月明かりに照らされた遊歩道を一人歩く。
君の軌跡を辿って。
「お前、だれだ…」
屈強な男が困惑した表情で俺を見つめる。
「ちがうちがう、そんな訳ない。だってあいつは…」
目が合っているはずなのに、男の瞳に俺はいない。
「いやー、誰と言われましても…」
「はは、声まで同じかよ」
「お前、名前は?」