ユリアさんは暑くて寝苦しい夜には必ず魘されている。
寝言でお義兄さんの名前や、聞いた事のない人の名前を呼んで、苦しそうにもがいている。
あんまりに苦しそうで見ていられずに起こせば、途端に泣き出してしまう。
俺が心配そうにしていると、一度だけ夢の内容を話してくれたことがある。
幼い頃に家が燃やされた時死んだ父や兄たちが、助けを求め、なぜお前は生き残ったのかと強い口調責めてくるのだと。
しかも時折、今生きているはずの兄たちや自分自身すら、苦しそうな顔でユリアさんに迫るのだそう。
しかも夢の中のユリアさんは幼い時のすがたのままで何も出来ず、ただ目の前で燃え盛る柱に相手が巻き込まれていくのを見ているしかなく、自分の無力さに苛まれる。
しかし、自分に向けられる罵声が聞こえなくなることにいつも安堵してしまい、そんな自分がただただ恨めしい、と。
俺は一度だけユリアさんが幼い頃に実家が「焼き討ち」されお義父さんが亡くなったことは知っていたが、他に亡くなったお義兄さんがいたことも、今もユリアさんがその出来事に苦しめられていたことも、知らなかった。
俺の中でそれはユリアさんの過去で、そうして話をしてくれるということはユリアさんはそれを乗り越えたとばかり思い込んでいたのだ。
「ユリアさん、今度お義兄さんのお墓参りに行こう。ユリアさんは何も悪くない、お義父さんも、お義兄さんたちも、誰もユリアさんを責めたりしないよ。
今どれだけ幸せか、笑って報告しようよ」
ユリアさんを抱きしめながらそう言うと、ユリアさんは泣きながらも力強く頷いた。
大二には最近気になることがある。
それはユリアの自室にあるガラス瓶の中身だ。
その瓶は手の中に収まるかどうかくらいの大きさで、中には何かの破片がいくつか入っている。
破片は淡い黄色と白で、組み合わせると球体に見えないこともない。
ユリアはそれを大事そうに部屋の棚の上に飾り、ホコリひとつ付かないよう綺麗に掃除している。
「ユリアさん、あの小瓶の中身って何?」
過去にそう聞いたことがあるが、ユリアは少し気まずそうにした後、「思い出の品なの」とだけ大二に教えた。
大二は特にそれ以上それに詮索することはなかったが、またその小瓶がふと気になってユリアにもう一度聞いてみた。
「ユリアさんそういえばあの小瓶の中って……」
「そうね、もう終わりにするべきね」
大二がそこまで言ったところで、ユリアは大二の言葉を遮った。
ユリアの声色はいつも通りで、優しいはずなのに、どこか悲しそうだった。
大二はなにかまずいことを言ってしまったと直感的に感じ、ユリアに対してできる限りの謝罪を述べた。
ユリアは気にしていないから、と大二をなだめた。
数日後、大二が借りていた本を返しにユリアの自室を訪れたところ、棚の上から小瓶が消えていた。
大二は自分がなにか恐ろしいことをしてしまった気がして、それ以上ユリアに追求は出来なかった。
「ユリアさんはどうして俺なんかを選んだの?」
たまの二人の休日が重なったある日、大二がユリアにそう尋ねた。
この質問はこれが初めてではなく大二の精神が不安定な時の口癖のようなもので、ユリアはそろそろうんざりしていてもおかしくはないのだが読んでいた本をパタリと閉じて大二に向かう。
「私は守る側であると同時に守られる側でもありたいの。じゃないとどちらの気持ちも分からないから。
だからね、どちら側でも居させてくれる大二がいいの。私が心の底から大切にしたいって思えるし、この人になら私の背中を預けられるって思ったから。
どちらかがどちらの手を無理に引くんじゃなく、お互い手を取り合って助け合う。
大二を選んだのはそれができるって思ったからよ」
大二はそれを聞いてぎゅうとユリアを抱きしめる。
「やっぱり俺、ユリアさんと出会えてよかった」
「私もずっとそう思ってるわ」
どうやら大二の調子は元に戻ったらしく、昼食を作るためにるんるんと鼻歌を歌いながらキッチンへと消えていった。
ユリアはその姿を愛おしそうに眺めながら、また本を開いた。