『愛を注いで』
あんなに大好きだったのに、時間の経過とともに君のことがどんどんどんどん分からなくなってきている。そんな自分が怖くて怖くて仕方がない。世界は君がいなくても平気な顔して回り続けるし、地球は公転したり自転したりしていつも通り正常に動き続けているのに、僕は未だ君との思い出に囚われ続けている。僕だけが君のことを忘れずにいる。そうずっと思っていたのに。いつのまにか記憶の中にそっとしまっておいた君は見ないうちにゆっくりと形を変えていき、終いには笑った時にエクボなんて作り始めている。いや、前からあったか。ん?だめだ。あんなに好きだった君の笑顔がいくら記憶を遡っても見当たらない。君は、どんな風に笑ってたっけ。どんな風に泣いてたっけ。僕が落ち込んでる時、君はいつもなんて声かけてくれてたっけ。君は酔っ払うとすぐ、なんて言ってたんだっけ。ほら、いつも口癖のように言ってたじゃん。高校生の時、帰り道でなかなか告白を切り出すことができず、意味もない話を続けていた僕に、君はなんて言ったんだっけ。ねえ、なんて言ったんだっけ。あれすごいドキってしたのにな。ねえ、なんだっけ。僕が今も記憶の中で愛し続けている君はもはや本当の君じゃないのかもしれない。どんなに愛を注ごうが、本当の君じゃないなら意味なんてないのに。意味なんてないって分かりきってることなのに。それでも亡くなった君を中途半端に忘れることができずに、今も僕は記憶の中の君に愛を注ぎ続けている。君が僕に、愛を注いでくれるのをゆっくりと待ちながら。
「たっくん!もう一杯!」
「ちょっともう飲み過ぎだって、これで最後だからね」
「はーい!たっくんはなんだかんだ言っていっつも付き合ってくれるね」
「まあ、そりゃあ、彼氏ですから」
「ふふふっ。たっくん!◯◯◯◯◯◯。」
「行かないで、」
そこにいたのは熊の人形を抱えた小さな少女だった。少女は窓の外から逃げようとする俺を今にも消えてしまいそうな声で強く引き留めた。きっと他の泥棒なら見られたのが子供だと分かった瞬間すぐに窓から退散する所だろう。しかし俺はそれができなかった。きっと幼い頃の言い馴染みのある言葉をはじめて他の奴に言われたからだろう。俺はその動揺を隠すように「やー!サンタさんだよ」と見え見えの嘘をついた。それでも少女は赤い服でもない白い髭もないただの四十すぎたおっさんをサンタクロースと本気で思い込んでいるようだった。「うわあ!やっぱりそうなんだ!絵本で見たことあるもん」少女があまりにも無邪気に喜ぶもんだから俺は咄嗟に風呂敷の中から綺麗なダイヤの指輪を取り出し、まだまだ小さい少女の指にそっとつけた。きっとこれがプロポーズだったら最悪の仕上がりになっていただろうが少女を声を上げて喜んだ。その指輪は少女の家から盗んだものだったことを後々になって気づくほどきっと俺は動揺していたのだろう。それから俺と少女は1時間ほど話した。少女の家にはほとんど親が帰ってこないことや俺がはじめてのサンタクロースだったこと、いつも1人で絵本を読んでいることや友達がいないこと。俺と少女は家が豪邸か貧乏か以外ほとんど似た境遇だった。あんなに妬ましくうざったらしかった豪邸に自分と同じような苦しみを味わっている少女が住んでいたなんて考えもしなかった。ただ、俺と少女には決定的な違いがあった。それは、
「はい、サンタさん!これ!」
「え、これはなんだい?」
「サンタさんへのプレゼント!今年は来るかなって思って一応手袋作ってみたんだ!本当に来るとは思わなかったけど」
俺は少女にダイヤの指輪をあげた。それはダイヤの指輪なんて高いものをもらったら嬉しいだろうと思ったから。少女はそのお返しに手袋をくれた。それはきっと手袋をもらったら手が温まるだろうと思ったから。きっとこういう所なんだろう俺と少女の違いは。少女には俺みたいに悪い人間になって欲しくない。そう思い、俺はそろそろ家を出ようとした。少女はもう引き留めなかった。きっと来年の12月24日も来てくれるだろうと思っているからだろうか。もしそうだとしたら「さよなら」なんて口が裂けても言えなかった。今「さよなら」なんて言って家を出たらきっと少女は去年俺を引き留めなかったことを後悔するに違いない。だから俺は一夜限りのサンタクロースになりきって「さよなら」の代わりにこう呟いた。
「メリークリスマス」
『微熱』
今日は久しぶりの彼とのデート。寒くなってきたからマフラーでも羽織ろうか。服装もこれとこれとこれ!昨日の夜一人ファッションショーをしたおかげか思っていたよりも早く準備が終わった。あ、そうだ!彼はいつも服選びを失敗する、夏はちょっぴり暑い服装、冬はちょっぴり寒い服装、ちょうど良い服装はないのだろうか。そんな彼のためにホッカイロでも持っていってあげよう。きっと喜ぶ。
そうこうしていると彼は私の家の前にそっと車を停める。私は急いで家を出て車に乗り込む。
彼は私を乗せてゆっくりと車を動かす。私は彼の運転姿に見惚れながら寒さで曇った車の窓に頭を傾ける。
すると、突然視界に彼の手のひらが映る。彼は私のおでこにそっと手をのせる。
「やっぱり、熱あるじゃん」
「え、なんで?」
「そこの窓、冷たくて気持ちいでしょ」
ほんの少しの微熱だったのに。
『太陽の下で』
私は太陽が好きじゃない。
いつも元気で明るくて、キラキラしてて優しくて、何をしても怒らないし、何を言っても受け止めてくれる。
そんな太陽がやっぱりちょっと嫌だった。
太陽といると、明るい私、可愛い私、綺麗な私、大人っぽい私。着飾ることばかりが増えていった。
面白くもないのに笑ったり、
楽しくもないのにはしゃいだり、
泣いてるくせに笑ったり、
好きじゃないのに好きって言ったり、
彼氏がいるのにいないって言ったり。
それでも今夜、私は太陽に会いに行く。
閉め切った部屋、汗ばんだ体、
ベッドの上、太陽の下、そっと呟く、
「大好き、」
『セーター』
「ごめん!遅れた!」約束していた時計台で待っていると彼女の声がスッと耳に入る。彼女は少し前髪を気にしながら小走りでこちらへ向かってくる。僕がいつも集合時間の1時間前に来ているせいで彼女にいつも遅れていないのに遅れてしまったような態度を取らせてしまう。彼女には申し訳ないと思っているが僕はそれくらい少し前髪を気にする小走りの彼女が好きだった。僕らは出会ってから約一年、付き合ってから約半年だったためお互いがお互いの冬服を見たことが無かった。彼女は黄色いセーターを羽織り、袖口からは指が3本だけ見えていた。このままでは3本の指が寒いだろうと思い、僕は彼女の手をそっと掴んでポケットにしまった。時計台の長針が音を立てるより先に。