黄色い洗濯機

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「行かないで、」
そこにいたのは熊の人形を抱えた小さな少女だった。少女は窓の外から逃げようとする俺を今にも消えてしまいそうな声で強く引き留めた。きっと他の泥棒なら見られたのが子供だと分かった瞬間すぐに窓から退散する所だろう。しかし俺はそれができなかった。きっと幼い頃の言い馴染みのある言葉をはじめて他の奴に言われたからだろう。俺はその動揺を隠すように「やー!サンタさんだよ」と見え見えの嘘をついた。それでも少女は赤い服でもない白い髭もないただの四十すぎたおっさんをサンタクロースと本気で思い込んでいるようだった。「うわあ!やっぱりそうなんだ!絵本で見たことあるもん」少女があまりにも無邪気に喜ぶもんだから俺は咄嗟に風呂敷の中から綺麗なダイヤの指輪を取り出し、まだまだ小さい少女の指にそっとつけた。きっとこれがプロポーズだったら最悪の仕上がりになっていただろうが少女を声を上げて喜んだ。その指輪は少女の家から盗んだものだったことを後々になって気づくほどきっと俺は動揺していたのだろう。それから俺と少女は1時間ほど話した。少女の家にはほとんど親が帰ってこないことや俺がはじめてのサンタクロースだったこと、いつも1人で絵本を読んでいることや友達がいないこと。俺と少女は家が豪邸か貧乏か以外ほとんど似た境遇だった。あんなに妬ましくうざったらしかった豪邸に自分と同じような苦しみを味わっている少女が住んでいたなんて考えもしなかった。ただ、俺と少女には決定的な違いがあった。それは、
「はい、サンタさん!これ!」
「え、これはなんだい?」
「サンタさんへのプレゼント!今年は来るかなって思って一応手袋作ってみたんだ!本当に来るとは思わなかったけど」
俺は少女にダイヤの指輪をあげた。それはダイヤの指輪なんて高いものをもらったら嬉しいだろうと思ったから。少女はそのお返しに手袋をくれた。それはきっと手袋をもらったら手が温まるだろうと思ったから。きっとこういう所なんだろう俺と少女の違いは。少女には俺みたいに悪い人間になって欲しくない。そう思い、俺はそろそろ家を出ようとした。少女はもう引き留めなかった。きっと来年の12月24日も来てくれるだろうと思っているからだろうか。もしそうだとしたら「さよなら」なんて口が裂けても言えなかった。今「さよなら」なんて言って家を出たらきっと少女は去年俺を引き留めなかったことを後悔するに違いない。だから俺は一夜限りのサンタクロースになりきって「さよなら」の代わりにこう呟いた。

「メリークリスマス」

12/4/2023, 9:49:54 AM