「おわりにしよう」
そう呟いたあなたの声は酷く震えていて、机の上のカラフルなケーキだとか、ジャスミンの香るお茶だとか、そういう幸せなものが、ひとつ、ひとつ、砕けていくような気がしたんです。その音はまるで硝子の割れる時のそれで、ああ、もう元には戻らないのだなと、妙に納得してしまいました。
世界はまだこんなにも明るいというのに、全く不公平な話ではありませんか。
これまでずっと、自分の素を出せなかった。
出さなかった。出したくもなかった。「本音」なんて醜いものを厳かに、さも有り難そうに突き出す人間にだけはなりたくないと、ひたすらに自分の心を隠して生きていた。
笑顔という鎧を着込んで、大人という盾を持ち、周りと同じ速度で歩く。築き上げたそこそこの世間体を武器に、それなりの人生を過ごしてきた。
今までずっと、そうやって生きてきた。きっと、これからもそうだろう。三つ子の魂なんとやら。人の生き方は変わらないものだ。
それでもまだ、時々は思うのだ。私の醜い「本音」も何もかもに触れて、大丈夫だと笑ってくれるひとが、いつか現れるのではないかと。
朝、目が覚めると泣いていた。
泣いていたということは、きっと悲しい夢を見ていたのだろう。はて、と思い出そうとしても、頭はぼんやりと霞掛かったように冴えない。
ゆるりと起き上がる。ふと足元を見て、いつもならある重みを感じないことに気がついた。朝ご飯をねだる鳴き声も、緩やかに弧を描く尻尾も、柔らかな体温も無い。部屋の隅にポツリと置かれた水入れが酷く凍えて見えた。
机の上の小さな小さな骨壺と、隣に並ぶ、鈴の付いた赤い首輪。ああ、もうこの鈴は鳴らないのだと、ぼんやりそう思った。
頭に掛かった霞はまだ晴れない。朝日を浴びた鈴だけが、ぼやけていく視界の中で輝いていた。