通勤ラッシュの群から外れて、君と二人、目の前の喫茶店のドアを潜った。
朝に相応しい爽やかなクラシックが流れる店の、奥のボックス席に座る。
君が熱心に見つめているメニュー表を一瞥し、適当にコーヒーを注文しようとしたら、貧血に悪いと止められた。
今度は、引っくり返っちゃいますよ。
さっさと二人分の注文を済ますと、パタリと閉じたメニュー表で口元を覆った君がほんのりと微笑んだ。
テーマ「ココロオドル」
日本人はコピー用紙の匂いがするらしいよ、と夕食後にまったりとアイスを突いてた君がへらりと笑いながら言う。
ただの紙じゃなくて、コピー用紙限定?
仕事で度々手にはするが、まじまじと嗅いだことはない、どんな匂いだろうか。
洗い上げた食器を棚にしまいながら首を捻った。
キッチンペーパーとは臭いが違うだろうし、クッキングシートは紙じゃないしなぁ、キッチンに置いてある紙類をスンスンと嗅いで回りながら唸る。よくわからない。
アイス片手にバラエティ番組を見ながらケラケラと笑う君の隣に座った。
そのままスンスンと鼻を鳴らせば、君はギョッとして自分の鼻に着用している服の裾をあてて嗅ぎだした。
テーマ「つかの間の休息」
薄くなったカレンダーを捲ってみたら、もうあと三枚。
一、二、三とマスを数えていけば、今年も残すところ八十六日となった。
今年のお正月に書いた目標、いくつ達成出来ただろうか?
というか、自分は何と書いただろうか?
全く思い出せないし、書いた紙も何処へやら。
そもそも紙に書いたんだっけ?うん?
あれ?
……まあ、いっか。
テーマ「過ぎた日を想う」
比較的栄えている近所の商店街も地方と同様に高齢化の波が押し寄せてきていて、個人店が少しずつ閉店している。
昔ながらの店は残すところあと三店舗で、あとは新しく出来た飲食店とマッサージ屋ばかり。
三歩歩けば、は言い過ぎだけど長くも短くもない商店街に既に八店舗は有るマッサージ屋……来月には新たにもう二店舗増えるそうだ。
みんなそんなにマッサージに行くのか?と首を傾げながら目当ての店までトコトコと歩く。
ここもあと数日で閉店するんだよなあ、と駅前に建つ本屋を見上げた。
テーマ「巡り会えたら」
「明日の晩ごはん、なににしようか」
テーブルの上の食器を片付けながら君に聞けば、湯呑み片手に君は笑った。
「今食べたばかりで、明日の晩のことなんて考えられないよ」
それもそうか、と私も釣られて笑う。
シンクに二人分の食器を置いて、蛇口を捻る。
勢い良く流れる水が皿に茶碗にと満たされ、排水口へと滴り落ちていく。
数日前よりも少し冷たくなった水道水に秋の気配を感じながら、手にしたスポンジを濡らした。
「秋は美味しい物がたくさんあるから、何を食べようか迷っちゃうね」
そうだな、と相槌を打ちつつ皿を洗っていく。
水切りカゴと食器が触れる微かな音が響く、二人きりの静かな家。
「栗ごはんと豚の生姜焼き」
「秋の定番メニューだ」
君と二人、変わりばえのしない、けれど、掛け替えのない日常を送る。
テーマ「きっと明日も」