AかBか、今日のランチはどちらにしようか。
混雑してきた食堂でサンプルの前に立ち尽くすこと数分。
皆サンプルの前を通りながらササッと決めて、とっとと席を取り、仲間と談笑しつつランチプレートを突いている。
早く決めてくれよ、と猛抗議する腹、しかし迷いだしたら止まらない。
デミハンバーグにナポリタンエビフライ付きのAか、焼き塩鯖と茄子田楽に薬味たっぷり冷奴のBか。
それとも唐揚げ定食?レバニラとワンタンも捨て難い……。
う〜ん、カツカレーも良いなあ。
ギュウウ……、と鳴く腹に「もうちょっと待ってね」と撫で、宥め賺すと再びサンプルとにらめっこ。
……やっぱりBかな、いやAか?
嗚呼っ、決まらない!
テーマ「岐路」
そう言えば、昔飼っていた犬の名前は評判が良くなかったな。
生まれたばかりで、か細い泣き声を上げる我が子の顔を妻のベッドに腰を下ろして眺めている時に、ふと思い出した。
なんて名前を付けたんだっけ。
「よしよし」と我が子を抱き上げると、小さい割にズッシリと重みのある、その身体を両腕で包み込む。
この子は将来ビッグになるぞ、なんたって妻と俺の子なんだから。
「名前はもう決めましたか?」
産後で少々やつれた顔をしている妻が微笑む。
「いや、顔を見てから考えようと思ってたから、
一番最初のプレゼントだからね、最高なのを贈りたいじゃないか!」
何も思い浮かばなかっただなんてバレたら、命名権を剥奪されてしまう……。
「良い名前を付けてくださいね、奇をてらうようなものだけは「わかってるとも!」、お願いしますよ?」
胡乱げな妻の目に背中を向けて、ほにゃほにゃの我が子の顔をしげしげと見つめる。
まだ、どちら似かはよくわからないが、何となーく妻よりの顔立ち。よかった。
これはハンサムでビッグな男になるに違いない!
それならやっぱり、勇ましい名前が良いよな!
そう言えば、あの犬はオスなのに臆病で自分よりも遥かに小さな犬にすら弱腰だった。
まて、今は我が子の名前を考えねば!
それからちょっとマヌケで、自分で隠したおやつの骨の在処を忘れて、よく狐に取られていたっけなあ。
……そうだ、思い出した!
「ピケマル「却下です」ちがっ、違う!今のなし!ノーカン!」
結局、妻が名付けた。
テーマ「最悪」
今日も定時で上がり、出された食事を平らげて、床にゴロゴロ。
部屋の隅に置かれた新しいおもちゃの匂いを嗅いだり、隣の部屋の掃除をしている兄貴を格子越しに観察。
暇なのでチョイチョイと格子から手を出して、さかさかと動く兄貴にちょっかいをかける。
それに気づいた兄貴が持っていた箒をシュシュッと動かして応戦。
パタパタ〜シュッと魅惑的な動き、兄貴はテクニシャンだ。
が、しかし、今日のオレはとても調子が良い。
箒をバシッと捕まえて、兄貴の手からもぎ取った。
テーマ「狭い部屋」
遊びに行くと、いつもお菓子をくれる、坂の下のお姉さん。
大きくなったらお姉さんと結婚する。
そう言ったら、お姉さんはビックリした後、笑って「ありがとう、君が大人になるまで待ってるね」と言ってくれた。
嬉しかった。
嬉しくて、家までの急な坂道と長い石段をワーワー叫びながら駆け上がった。
家の台所にかかっているカレンダーを捲くって、一日ずつクレヨンで塗り潰しながら、大人になるまであと何日かかるんだろう、と指折り数えて考えた。
お姉さんは、次の年、あの夏の夜に、死んだ。
テーマ「失恋」
昨日も今日も雨が降って、心身ともにブルー。
を通り越してバイオレット。
ウルトラバイオレット。
ベッドの中、のたのたと寝返りをうってシーツに埋もれていたスマホを探り当てる。
画面の眩しさに痛む目を、それでも薄く開けて時計を確認。
午前五時、ふああと欠伸をしながら身体も大きく伸ばす。
本当はもう少しだけ寝ていたいけれど、寝過ごしたら大変だから、仕方ないので起床。
重たい頭を何とか持ち上げて、ゆらゆら揺れる視界に目を瞑っては開いてを繰り返して。
湿気のせいでウネウネとうねにうねる髪の毛をそのままに、怠い身体を動かしてベッドから這い出た。
テーマ「梅雨」