「今日はありがとうございました、こんな遠い所まで付き合わせてしまって」
せっかくの連休なのに、と恐縮そうにお辞儀をする君。
「いいえ、私も良い気分転換になりました、休日なんて用でも無いと外出しないものですから」
良い運動にもなりましたよ、と山登りでバカになった外腿を解りやすく揉めば、君が吹き出した。
「明日は筋肉痛確定ですね」
「私ももう若くはないですから、明日以降でしょうね」
少しでも軽く済むように、と再び揉むと君がまた笑う。
「近くに筋肉痛とかに効く温泉が有るから、入っていきます?」
君の提案に大きく頷いて、棒のようになりつつある足をぎこちなく動かして、よろりと君の隣へ。
テーマ「また明日」
失敗。
失敗。
また失敗。
また最初からやり直し、お馴染みの青い球を「今度はどんな失敗をするんだか」と心弾ませながら見下ろす。
コレの前は結構良い所までいったのに、誤って床に落として割ってしまったんだよなあ。
その前は空調が切れて凍ったり、干乾びてしまったり。
ちょっとだけ時短をと、球の生成中に適当なゴミを混ぜた時は大変だった。
今度は何処まで成長するのか楽しみだ。
まあ、また失敗だろうけど。
テーマ「理想のあなた」
外堀からガンガン埋められていって、あれよあれよと言う間に君と同棲することになり、早三年。
こんがり綺麗なキツネ色に焼き上げられたパンケーキにハチミツをトロトロと垂らしながら、向かいに座ってパンケーキを頬張っている君を一瞥。
どうしてこうなった。
此方の視線に気づいたのか「どうしたの?」と小首を傾げる君に「なんでもない」と方笑み、ハチミツをたっぷり吸ったパンケーキをナイフで一口大に切ってから口に放り込んだ。
さっぱりわからない。
「美味しくなかった?」
フォークが止まっているのを気にしてか、眉を曇らせる君に「ハチミツをかけ過ぎただけだよ」と笑って自分のマグカップを手に取った。
ゆっくりとマグカップを傾けて、注がれていたブラックコーヒーを口に含めば、君の心底ホッとしたような顔がマグカップの陰から、うっすら見えた。
私なんかの為に、なんでそんなに必死なのか。
わからない、そう思いながら息を吐いた。
テーマ「恋物語」
また、あの夢を見た。
どこか見覚えのある真っ暗な街を、目の前から忽然と、姿を消してしまった君を探して走り回る夢。
――まだ探すんですか。
何処からか響き渡る君の声を頼りに、誰もいない建物の中を探す。
息が上がるのも構わず、重たい足を持ち上げて階段を駆け上がる。
長い長い階段の先に君が居る気がして、上がるにつれてキツイ螺旋状になっていく階段を身をくねらせながら登っていった。
――見つかりっこないですよ。
階段の終わり、丸い小さな穴に頭をねじ込み、中を見渡した。
狭い一室、不気味な程大きな月に照らされた窓辺に人が居る。
こちらに背を向けてはいたが、君だと直感した。
両腕に力を込めてズルリと足先を抜き部屋に入ると、君のすぐ後ろまで近寄り。
「 」
君の名前を呼ぼうとして口を開いたが、どうしても出てこなかった。
いつも側に居るのに、愛しているのに。
――なんで、どうして?
縋るように見つめた背がゆっくりと動いていき、君が振り向いた。
――だって、きみ。
振り向いた君の顔は真っ黒に塗り潰されていた。
――わたしのこと、なにもしらないんだから。
一度も聞いたことのない君の嘲笑。
暗く狭い室内に反響したソレは、目が醒めた後も暫く、耳にこびりついて離れなかった。
テーマ「後悔」
お山の真ん中に在る小豆色の屋根のお家に住む男の子。
お人形さんみたいな青い目をしてる、同い年の男の子。
私のお姉ちゃんも、あの子のこと好きだと思うの。
だって私とお姉ちゃんは双子だから、何でも一緒。
今日もあの子と遊ぶ約束をしていたんだけど、雨が降っているから、お母さんが「ダメ」って。
お母さんはヒドい、あの子のことも「ダメ」って言うの。
あの子は「ダメ」、遊んでもいいけれど好きになっちゃダメだって。
変なの、あの子の話をするとお父さんもお母さんも嫌そうにするの。
それがちょっぴり悲しくて、お姉ちゃんと私、自分たちの部屋の窓からそっと顔を出して、あの子の家の方を見た。
私達とおんなじように、あの子がこっちを見てるんじゃないかと思いながら。
あーあ、はやく雨、止まないかなあ〜。
「失われた時間」