学校の遠足ではないけども、お出かけの前日の準備はワクワクする。
おやつは何を持っていこう、とか、お昼ごはんは何処で食べようか、なんて。
学生の頃より遥かに減った荷物を、お気に入りのカバンに詰めていく。
チョコ、ラムネ、柿ピー、ジャーキー、チータラ、ポテチに五家宝。
どんだけ遠くに行くつもりなんだ。
君の呆れたような声が背後から聞こえた。
テーマ「特別な夜」
良い人、優しい人、と良く言われる。
とても嬉しい、だって中身が上手く隠せているってコトだから。
殺人衝動も他者への憎悪に嗜虐心、全て内に潜ませて悟られていないということだから。
今だって必死に抑えてるよ、私は“まだ”良い人だ。
でも、この先は分からない。
鎖を引き千切る愚か者が目の前に現れるかも知れない。
その時は、存分に愉しもうと思う。
私は、そこまで優しい人ではないから。
テーマ「海の底」
寒空の下、辺りを見回しながら独りトボトボと歩く。
上着のポケットには煮干しとチュル。
心許ないソレをポケットの中で握りしめて、車の下や植込みの中、塀の中を覗き込む。
不審者通報されても構わない、既に警察には届け出を出しているから。
ダンゴになって暖をとっていた一団に聞いてみたりもするが、知らぬ存ぜぬと目を細めるばかり。
何処へ行ってしまったのか。
立ち竦み途方に暮れる私の足の間を何かがすり抜けた。
聞き慣れた君の声。
ピンと立てた尾をクネクネさせながら君が足元で鳴いた。
テーマ「君に会いたくて」
カカオ豆をすり鉢で擦って擦って擦りまくるとチョコレートが出来るんだよ。
仕事から帰ってくるとダイニングテーブルにすりこぎで一心不乱に茶色い物をゴリゴリと擦っていた。
ゴリゴリゴリゴリ。
いつからやっていたのか、冬だというのに額から汗をダラダラ滴らせて、爛々とした目を向けてくる君。笑顔がちょっとだけ怖い。
そうかそうか、と適当な相槌を打って自室に一時撤退。
ドアの外から微かに聞こえるゴリゴリ音に、どうしようかと頭を抱えた。
伝えるべき?
チョコレートじゃなくてカカオマスが出来るよ、って。
テーマ「木枯らし」
母の洋服箪笥から父の手帳が出てきた。
所どころ塗りが剥げて黄ばんだ地の浮き出た革張りの手帳。
年季は入っているがカビの形跡は無い、時々母が拭いてやっていたのだろう。
晩年、父との関係は良好とも険悪とも言えない、よくある父と息子という微妙なもので。
同じ家に住んでいるにも拘らず会話といえば挨拶や「風呂沸いたって」等の実に簡素なものだった。
何を考えているのかサッパリ分からない、父も自分のことをそう思っていたに違いない。
パラパラと手帳を捲っていく。
黄ばんだ紙面に書かれた文字、達筆過ぎて何が書いてあるのかは分からなかった。
テーマ「美しい」