何かを得ようとすれば、別の何かを喪う。
それがたとえ、欲しくないものでも。
握りしめた掌の、指の隙間から零れ落ちていってしまう。
そして、それはもう、掌には戻ってこない。
どれだけ大切にしていようと。
どれだけ戻ってきてほしいと願おうと。
もう、かえってこないんだ。
“それ”は、まだ先の事だと思っていた。
否、近い未来に“それ”は起こると薄っすらと感じてはいた。
でも、こんなに何の前触れもなく、ある日突然だなんて信じられなかった。
少しずつ。
そう、少しずつ、死の匂いを漂わせながら穏やかな日々を送っていくものだと。
静かに看取るものだと、そう思い描いていた夢想は儚く散ってしまった。
静寂に包まれた院内を靴を鳴らしながら急ぐ。逃げなどしないのに。
冷たい銀色の扉を開いて、乱れた息のままに薄暗い室内へと入る。
キツい消毒の臭いに混じって、死の臭いがした。
テーマ「さよならを言う前に」
そこらへんに置いてあったティッシュを何枚か取るとクシャクシャに丸めて、もう何枚かのティッシュで包んでセロテープで捻った所を留めた。
手近に有ったマッキーで目と口をチョンチョンと描いて、髪ゴムの余りで首に小さくリボンを作ってやる。
ハゲじゃ可哀想だと思い、マッキーで毛を付け足してやる。よし。
完成、てるてる坊主。
窓辺に上下逆さまにして吊るして、何となく柏手を打ってから、手を合わせた。
畑に雨が降りますように、と。
テーマ「空模様」
アナタが嫌うのなら、私も嫌おう。
アナタが愛すというのなら、私も愛そう。
アナタが滅べと望むなら、私は滅ぼそう。
アナタが右手を振り上げたなら、私はあらん限りの力でもって左手を振るおう。
アナタを滅ぼそう、アナタの愛したものを蹂躙しよう。
アナタが止まるまで。
テーマ「鏡」
世の中では「鋼のメンタル」が持て囃されてるみたいだけど、どうなんだろう。
鋼は案外脆く、破断しやすい。
熱すぎたり冷たくされ過ぎたら、柔軟性を欠きバキっと折れてしまう。
なので、「こんにゃくゼリーメンタル」を目指したい。
叩かれようが地面に落とされようが、プルンプルン揺れるだけのゲル状生菓子に。
可愛いくて、美味しい、最強じゃない?!
テーマ「心の健康」
熱波も過ぎ去り、ようやく人心地つく今日この頃。
寒暖の差が激しいのか、既に庭のブドウは赤紫色に色付いて、ほんのりと秋の匂いを醸し出している。
試しに採ってみたが、まだまだ甘みは薄く梅干しのように酸っぱい。
もう少し待てば良かった、と白い袋ごとザルに入れて流しの横に放置。誰かが食べるだろう。
そのまま夕飯の支度をする。
今日は焼き魚だ、エラと内蔵を喜々としてえぐり出し、流水で丁寧に中を洗う。
鱗とゼイゴを取って、背と腹に包丁で薄く切れ目を入れてから、魚の表面にお酢を塗りたくってからグリルに並べる。
グリルのスイッチを押すとチチチと音がして、青い炎がボアっと奥から吹き出した。
そのまま魚が焼けるのをグリルのガラス面越しに眺めていると火災報知器がけたたましく鳴る。
ぎゃあ、カボチャが黒焦げに!報知器煩い!臭いっ。
焼き上がりを知らせてくれるグリルの音が呑気にピーっと鳴った。
テーマ「君の奏でる音楽」