普通であろうとした。
ごく普通の社会人として、ごく普通の一人の人間として、ごく普通に生活していた。
浮かないように、目立たないようにヒッソリと、生きてきた。
君に出会うまで。
君はキラキラしていた、君が動けば皆が目で追い、君が戯けたり笑ったりすると場が和んだ。
「好き」とは少し違う、初めての感情が芽生えて、だけど君と話すのは気が引けた。
この世を去るその時まで、ひとり静かに。
そんな自分の所に君は転がり込んできた。
殺風景なリビングが君の私物で賑やかになる。
適当に作って食べていた夕飯も、君と食べるようになって、彩りと栄養バランスを考えたメニューを作るようになった。
おいしい、とリスみたいに頬を膨らませた君が愛おしい、と感じる。
普通にしがみついて生きるのは、もうやめた。
テーマ「昨日へのさよなら、明日との出会い」
沢山の雨が降る。
いつもの静かで綺麗な小川は、茶色い濁流となって下流の街を飲み込んだ。
羊や馬が目の前を流されていく。
助ける術はなく、ただ無事を祈るばかりだ。
天の神に、川の神に、水の神に。
沢山の雨が降る、天の怒りの如く。
夜になっても雨は止まず、宵闇に染まった濁流は更に水位を上げた。
足元の暖炉は水没し、祖父の作ったテーブルや椅子がプカりと浮き上がり、家の中をクルクルと回るように流れていく。
雨はまだ、降り止まない。
家の柱がギイギイと嫌な音を立てはじめた。
足の先が泥水に浸かる。
綺麗で冷たい川の水ではなく、かび臭くて生温いまとわりつくような泥水だった。
直後、祈りの声は濁流に沈んでいった。
雨は七日間、降り続いた。
テーマ「透明な水」
受精卵をゲノム編集して、完璧な存在を人工子宮で生産し我が子として育てる。
そんなサイエンスフィクションが現実になったとしたら、どんな子を皆望むだろうか。
運動神経抜群、頭脳明晰、眉目秀麗、迦陵頻伽、国色天香。
ありとあらゆる先天性疾患も奇形無く、後天性疾患にもかからない。
ハゲにはならないし、デブにもならない。
カラフルな金太郎飴が犇めく世界。
そんな世界に生まれてみたいと、ちょっとだけ思った。
テーマ「理想のあなた」
夕陽に染まる静かなリビングを眺めてから、キッチンでひとり黙々と包丁を動かす。
今日の夕飯は、ハンバーグ。
君の笑顔が見たいから、君の大好物を作る。
輪切りにして面取りをしたニンジンのグラッセ、パリパリに焼かれたジャガイモのガレット。
ハンバーグの中には、チーズをたっぷりと仕込んだ。
二つに割った時の君の顔を想像する。
きっと、子供みたいに目をキラキラさせて喜び、口いっぱいに頬張って幸せそうな顔をするんだろうな。
乾いた笑いが自然と口から漏れた。
玉ねぎを刻みすぎたかな、涙が止まらないよ。
ねえ、約束したじゃん、ひとりにしないって。
ずっと一緒だっ、て。
ねえ、帰ってきて、帰ってきてよ。
世界一大好きな君の「ただいま」を聞きたいよ。
テーマ「突然の別れ」
陳腐な言葉の羅列、使い回しのストーリー。
ボーイ・ミーツ・ガール。 反吐が出そう。
未矯正の黒ずんだガチャ歯をチラつかせ、ネチャネチャ口を鳴らしながら愛を嘯く。
勘違い野郎共のお遊戯に札束が飛び交うイカれた世界。
究極に不幸な他人が見たい、ハッピーエンドは許さない。
酷い目にあえ、惨たらしく死ね、最後は地球も爆発させろ。
どうせみんなフィクションだ。
テーマ「恋物語」