ふいに休みが取れたから、ソロキャンに来てみた。
1人でくるのって久しぶりだなー、キャンプ自体夏はしないし。汗だく虫ありはいくらキャンプ好きでもなかなか厳しい。
平日だからか良い天気だけど他に人はほとんどいない。小さい1人用のたきぎ台に薪をくべてパチパチ。
ちまちま強めのお酒を呑みつつその火を見るのが何よりの楽しみだ。酒のつまみはほんの少しの寂しさがあれば良い。
「ちょい…カッコつけたかなー」
勝手に考えただけなのにちょっと照れくさくなって、火から目を離して夜空を見上げた。葉が少なくなった木々の間から見えるのは満天の星空。
ここにもし君がいたら、あれはあの星座、この星座の由来はーってうるせーんだろうな。
脳内で響く君のそんな楽しげな声をつまみに、俺はもう少し酒を進めるのであった。
まる。
▼星座
「わー…」
街を歩いていた時、君が突然とあるお店のショーウィンドウに張り付いて声を上げた。
美しい男女がくるりくるりと踊る映像が流れている。社交ダンスか。俺らもダンスするけどこういうのはやったことないな、当たり前だけど。きれーだなーうめーなー大変そうだなーとは思うけど、、
「おい、行こうぜ」
「…うん」
君は歩きながらもちらちら後ろ髪引かれるように振り返っている。
よっぽど気に入ったんだな。
君は男らしいことも大好きだけど、きれいなもの可愛いものも大好きだってこと知っている。
誰からも咎められない愛に憧れる気持ちも。
それだけは、俺、与えてやることはできない…
部屋に戻っていつもの通りに手を洗って着替えて部屋呑みの缶ビールを開けてYouTubeでもつけて。
君はさっきのことなんて忘れたみたいにいつものどうりで、ソファに腰掛けてなに見るのーなんて言っている。
「んー…これ」
それはクラシックミュージック。どっかの楽団の。俺も曲とか全然わかんないけどワルツ、で検索した。
そして俺は缶ビールをテーブルに置いて、キョトンしたままの君の前で胸に手を当てて手を差し出した。
「Shall we dance?」
「ん? なに?」
…君は英会話はほとんどできないんだった。
「踊りませんか? だよ。見よう見まねでやってみよ」
君はまだ一口しか飲んでいないのに顔を赤くして、なんだよーとかバカじゃねーのとか言いながらも俺の手を取って立ち上がった。
〝普通の恋〟はあげられないけど、こうしてたまには踊りましょう。
君と俺とのダンスはこれからも続くんだから…
▼踊りませんか?
2人で映画を見てた。恋人同士の片方の記憶が失われる映画だ。
隣で俺の恋人はすんすんすすり泣きをしている。俺は泣くところを見られたくなくて、ティッシュで目の縁を押さえて誤魔化してるけど、全然気づかれてるのはわかってる。
だって映画が終わった途端、君は俺をチラッと見てクスッとひと笑い。
「…んだよ」
「べつにー」
君はニヤニヤ。俺は照れ隠しにぶすっとしながら話を変えようと君に聞いた。
「なぁ。もし記憶なくなったらどうする?」
「今見た映画みたいに?」
「そう…今までの生活も俺のことも全部忘れちゃうの」
「えー…」
君は何度か首を右に左に振って、んーと思案顔。
「俺ねー、俺たちが出会ったのって奇跡だと思ってるわけ」
「なに急に」
「だからね。記憶なくなってもこれだけは覚えてて欲しいな」
「俺のことをってこと? それはズルいじゃん」
ううん、違うよ。
君はそう言って両手を組んで目を閉じて、祈るように言った。
「神さまお願い。奇跡をもう一度起こして、俺の恋人に会わせてくださいって――会えば、会えば絶対に、絶対にわかるからって」
▼奇跡をもう一度
「たそがれのごげんって知ってる?」
「今の発言、知ってる?以外意味わかんね」
人より若干(若干?)語彙の少ない君は、俺の蘊蓄を嫌がる…ことはないけれど(多分)、わかんないことは素直にわかんないって言ってくるからそこが好き。
日が暮れかけた、夜まであと少しの時間。君と一緒にぷらぷらお散歩。君がふらふら先に行ったり立ち止まったりする姿が夕闇に消えるようで、そうして俺はたそがれの語源などを思い出してしまったというわけ。
まぁ俺はこのまま夜が来ようとも「誰そ彼」なんて言わないよ。君のことを見間違えるなんてこと、あるわけがないからね。
▼たそがれ
本当に本当に不思議なんだけど本当に。君と会ったのは小学生の時で、本当に本当の偶然だった。
たくさん他の子もいたのに何故か君と隣同士にさせられて、君は突然現れた田舎の子(まったく俺のこと!)と2人にされてとっても不機嫌だった。
だけど毎日引っ付いてるうちに君はどんどん俺に優しくなって、俺に笑ってくれるようになって、そして一緒に成長していった。
いつから君は俺のことを特別好きって思うようになってくれたんだろう。そんな話したことないね、今更照れるし。
俺? 俺はね、はっきり覚えてるよ多分一生忘れない。
あの日大人に、君の隣に行ってって言われて、君がその声に不機嫌な顔を向けたあの時。あの時から俺はずっと君が好き。
きっと明日も、君が好き。
▼きっと明日も