さっきまで酔って陽気に歌っていた君がすっかり寝入っている。笑顔なんて浮かべちゃってまぁ。
そっと毛布をかけてあげて、俺は静かに君のそんな寝顔を見つめる。
深夜の、静寂に包まれた部屋。マンション中眠りこけているのかなんの音も聞こえない。耳に残る、君の歌声以外。君の甘い歌声だけが、俺の耳の中で何度も何度もリフレインする。
2人きりの、俺にだけ向けたコンサートの余韻を俺は何故だか涙を浮かべながら、ただ、噛み締める。
▼静寂に包まれた部屋
「これ、もう一品頼んでい? あとおかわりも」
また始まったな。照れくさそうにしながらメニューをトントン指で叩く君に笑みが止まらない。
君はいつもそうだ。そろそろお開きの別れ際、もう一品、もう一杯が始まる。
たとえ明日会えるとしても、君の大嫌いな別れ際の、これは儀式。
だから俺はニコニコ笑ってこう言うしかないわけで。
「もちろん。もちろんもう少し一緒にいよ。だから俺のも一緒に頼んでね」
▼別れ際に
「傘、一本しかないな」
ちょっとコンビニ行こう。
そんなお気楽さで天気予報も見ないで外へ出てまさかの豪雨。かなりの大雨。びっくりだ。
雨宿りさせてもらってるコンビニの軒下から店を覗けば売り物の傘は一本しか残ってない。出遅れた。
君は深々と被った帽子の下、きっとしぶい表情を浮かべているだろう。
猫みたいに水が苦手な恋人は、雨に濡れるなんてありえないくらいに嫌いなのだ。
「…今日の運勢最悪」
「朝の番組でも見てた?」
「見てないよ。でもわかる」
ま、この状況じゃね。俺は肩をすくめて苦笑い。
「通り雨だと思うけどどうする?傘買う?」
「一本しか残ってないじゃん」
「もちろん相合傘…なんて言わねーよ。お前が使えよ」
「なんで」
「なんで?お前濡れるの嫌いだろ。俺は別に嫌いじゃない。お前が濡れて嫌がってる方が嫌だ」
俯いてた君が咄嗟に顔を上げる。潤んだ瞳が嬉しそうにも辛そうにも見えるのはなんで?
「おれ…」
と、君が何か言いかけた時、俺の視界に入ったのは、新しい傘を持ってコンビニから出てくる他のお客さん。
「最後の一本買われたわ…」
俺がそう呟くと、君は目をぱちくりしてからプッと吹き出して、それから俺と顔を見合わせて笑った。
通り雨、濡れていこうぞ、とはならないね。こうしてしばらく雨が止むまで隠れていよう。
▼通り雨
「秋深し、隣は何をする人ぞ…」
「何言ってんの?見てりゃわかんじゃん」
君は俺の戯言にはまったく興味を示してくれない。鼻歌混じりにギターを爪弾いている。
「今日はご機嫌だね」
「乾燥してるじゃん? だから!」
「秋になったからねぇ」
乾燥してる日は弦の感覚がなんか違う。俺もギター弾くからわかる。そんなことでご機嫌になる君は、
「可愛いね」
「なにが?秋が?」
思ったことをすぐ口にするのが俺の悪い癖。
俺はキョトン顔の君にニッコリ笑いかけ、君はキョトン顔のままゆっくりと笑みを浮かべた。
秋深し、隣は俺の愛おしい人
▼秋🍁
なんとなく窓から見える景色を写真に撮って、君に送った。ちょうどスマホ見てたのかな?即きた返信。
『なにこれ?』
「仕事場からの風景です」
『そりゃわかるけど…なんで』
「なんとなく」
やっと秋になって空がきれいだったからとか、俺には行き慣れた仕事場からの景色だけど急に君と見たくなったからとか、ここに君がいない寂しさとか色々理由は浮かんだけど口から出る言葉はなんとなく。
だけど君は、画面の向こうでしばらく考えて、そしてニヤリと笑って言った。
『今日、行ってやるよ』
まったく君って人は勘が鋭い。
この写真に題名をつけるとしたらね、
〝切ないから抱きしめて〟
▼窓から見える景色