初めて会ったのは、お互いまだ子供だった。君の方が小さかったよね、あっという間に抜かされたけど。
そこから少年になって青年になって、そしておじさんになっていく。
たまに時間止まんないかなと思うことあるよ。もう一度あの頃に戻らないかな?とかも。
止まれ。って思う。今止まれ、今止まれ、今今今…って思いつつ、ここまで来た。
でもね、思うんだ。今が最高だって思ってきたってこと、それってすごくない?
だからさ、君はきっとこの先も『今』が最高。
▼時間よ止まれ
ね、歩こうよ。
君はそう言って突然タクシーを止めて、黒々と広がる大きな公園に入って行った。一緒に行くはずだった君んちまで、あと5分も乗ってりゃ着いたのに。
飲んだ後だからだりーな。そう思ったけど、君が楽しげにさっさと先を行くから渋々後をついていく。君の履いてるスカートみてーなでかくて長いパンツがホントにスカートみたいにひらひら夜の公園に舞って、なんだかおかしくなってくる。
「夜の公演なんてやばくね? 変なやついそう」
「大丈夫。俺らが1番変だから」
君はニヤッと笑って、タタタと俺んとこに戻ってきて手を繋いだ。
「おい」
「大丈夫。誰も気づかない。明かりなんかちょっとしかない。夜景もない」
確かにここはまるで闇。夜に沈んで、誰も俺たちのこと見られない。君の手少し汗ばんでる。自分から握ったくせして緊張している君が可愛い。
「それにもし誰かに見られても、俺今日スカート履いてるから『ふつー』に見える」
「スカートみたいなパンツだろ?」
「ううん。パンツみたいなスカートだよ。めくる?」
めくんない。
俺はくすくす笑って、この人並外れた変わった恋人の手をぎゅっと強く握った。
夜景さえ見えない、深夜の公園で。
▼夜景
遠い空に両手を広げて、大きく息を吐いた。
真夏の青い空、外に出た途端に全身が焼けるようだ。気にするものは日焼け? 今更? 夏は好き。汗は嫌い。水は嫌い。
もし。
ふと思う。
空が今の自分のようにめそめそ泣いていたら、俺はその涙を避け切れるだろうか。君はそんな俺を笑うだろうか。
雨にあたるのとは違うんだ、それは自然現象。
でも涙は。
涙はただ、意味のない気持ちの表明。
そんなの見せられても困るよね。
「…あっつい」
ああ、暑い。
暑いな……。
▼空が泣く
細い細い朝の光が、水平線の向こうにラインを作り始める。抱き合うようにひとつだった黒い海と黒い空が切り離される夜明け前。
「オリオン座ももう消えるな」
夜の海と空のように俺の肩を抱いていた君が呟いた。
「ほら、見てごらんよ。水平線のギリギリに浮かんでる、あれは夏のオリオン。この時間、この高さにしか見えない夏の幻」
話しながらも朝の光は幅を作り、君がいう夏の夜の幻が消えていく。
俺たちもひかりに照らされて、この腕を離す時がくるいずれ来る。
だけど今はまだ…なぁそうだろ?
俺たちは夏、夜明け前のオリオン。
一瞬の幻。
▼夜明け前
移動のバスの中。君の膝に寝転んだ。
「おーい、いつまでガキのつもりだよ」
君はそう言ってケラケラ笑うけど、優しく俺の髪を撫でてくれる。
ほんとに甘えん坊だよねー。誰かの声。もう良い年なのになー。君の声。ふわふわと柔らかい君の優しい手
その手が好き。大好き。これ以上欲しいものはない。欲しい手はない。君が欲しい。
君が好き…。
気づかれないように君の膝に手を置いて、そっと握った。その手のひらに涙が溢れる。
君が好き。
君が好き。
2度とない、これは本気の気持ち。本気の恋……
▼本気の恋