saiki.k

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8/31/2023, 2:10:02 PM

俺の片翼は、人として酷くバランスが悪い。
信じられないくらいに基礎知識に欠け、言葉も間違いだらけ。なのに得意分野に関しては玄人はだし。俺の出る幕はない。
そういうの、天才って言うのかな。まぁそうは見えないけど。
天才じゃないってことではないんだ…なんていうか…人じゃないみたいというか。
だってあいつ、信じられないくらいに優しくて…優しいなんて言葉が裸足で逃げ出すくらいに優しくて。
今だって悲しみに押しつぶされそうで項垂れる俺の横に何も言わず…本当に何も言わないで俺の横に。ただ、俺の代わりに涙を流す。

バランスの悪い君と、不完全な俺と。人としてデコボコなところが嘘みたいにしっくり合うんだ。



▼不完全な僕

8/30/2023, 11:44:30 AM

「…こーすいのせいだよー」
「もうすでに懐かしいな、その曲」
「良い曲だよね、改めて。思い出すとずっと頭回っちゃうんだ」
「わかる。べつにきーみをもとめてないけどーって」
「よこにいなくてもー思い出す」
「ん? 歌詞違くね?」
「香水ってさ、同じの香るとよこにいなくても思い出すよね」

「俺らいつも同じのつけてるもんな……」


▼香水

8/29/2023, 10:55:51 AM

君と、子供の頃からずっと一緒だった。

ずっと? いや違う。くっついたり離れたりしたな。
君と俺は見ている世界が違う。好きな物が違う。得意なことも苦手なことも違う。友達も被らないし、休日の過ごし方も違う。

だから距離ができる時期もある。何ヶ月もプライベートで会わないなんてザラ。口を聞かないことだってある。

だけど。

「あー、あれどうしたっけ?」
「これのこと?」
「ああ、それのこと。サンキュー」
「どうしたしまして」

「また機嫌悪いな。この前のあれだろ」
「なんでわかんの」
「わかるさ、そりゃ…」

まるで長年連れ添った夫婦みたいに、手に取るみたいに君のことは。
俺のことも。

何もなくてもわかるのは、それは何故かって?
さてね、なんでだろうね…。



▼言葉はいらない、ただ・・・

8/29/2023, 1:40:33 AM

「波の音を聞かない?」

君は突然やって来て、スマホを翳してそう笑った。
ふたりソファに肩を寄せて座り、君は俯いてYouTubeの画面を開く。君の手のひらで流れる、きれいな海と波の音。君は画面を見つめたまま、俺にもたれかかる。最初はほんの少し、そのうちからだ全部を俺に預けるように。

繰り返す、ただ繰り返すだけの波。
終わらず、繰り返す繰り返す。

「すごくね、良いんだって。波の音。マイナスイオン」
「眠くなる」
「うん、眠くなる」

君が顔を上げてふっと笑い、俺はそれに安堵する。
君がここにいることに。
画面越しでは感じられない、確かな存在感。
なぁ、会うの久しぶりだろ。
なのにほとんど話さず、共に波の音だけを聞く。この静かな時間が今君のいる世界。

うちにいた間、笑ったのは君が言ったこのことだけだった。

「ね、切れないのが良いよね。落ち着く」
「なにが切れない?」
「YouTubeだよ、プレミアムに加入してんの。してないの? 便利だよ」
「……してるわー!」




突然の君の訪問






8/28/2023, 3:01:36 AM

君が病に倒れた時、俺は狼狽え動転し、君になにもしてあげることができなかった。

「そんなことないよ」

再び俺の隣に寄り添えるようになった君はそうやって柔らかく笑うけれど。

「まぁ確かに? 君は医者でもないしこの病の経験者でもない。僕もほら、あえて君に頼ることはしなかった。みっともない姿を見せたくないって気持ちもあったしね」
「強いよな。知ってたけど」
「強くないよ」

全然強くない。

「苦しくて苦しくて…そしてふと顔をあげるでしょ。そうしたら目の前に君がいるような気がして、雨の中でひとり佇んで泣いてるような気がして、ああ早く治さなきゃって思ったんだ」
「俺はそんなに弱くないぞ」

口を尖らせて言ったら、君は目を細めて笑った。

「知ってるよ。弱いのは、そんなことを思う僕……」


雨に佇む



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