薄墨

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5/31/2025, 5:12:57 AM

テストで0点を取っても
告白してフラれても
受験で失敗しても
行動が主人公ぽくできなくなっても
就職に失敗しても
会社を辞めても
友達と会えなくなっても
最悪なことをしてしまって後悔しても
失恋しても
罪を犯しても
死んでも

私の人生と“私”の存在は
私に関わった誰かが覚えていて
文書に残って
誰かの生き方が変わって
誰かの仕事が変わって
ちっとも終わってくれなかったから

だから、正直、あなたの決断は早まった最悪なものとしか言えない。
経験者の私からしたらね。

自ら命を破壊したって、
この物語はまだまだ続く
まだ続く物語。
私の物語も
あなたの物語も

5/29/2025, 10:51:52 PM

渡り鳥には優れた方向感覚がある。
何万キロを、時には天敵に追われたり、餌を獲ったりしながら飛び続けて、最終的には例年通りの場所へ、辿りつく。

渡り鳥は決して気楽な鳥ではない。
渡るための準備も必要だし、時期も決まっているから、彼らは常に“渡り”に追われている。
鳥籠の鳥よりずっと、律儀で、ストイックで、不自由で、気忙しい。

そんな渡り鳥に戦略的価値を見出した人間は、よほどの慧眼だったに違いない。

頭上を渡り鳥の亜種が飛び交っている。
この地域に来る渡り鳥の中で、最も厄介で、最も遠くまで行く鳥の改良版だ。

飛び回るかの鳥たちは、鳥それ自体には何の危険もない。
ただ、彼らは病原体を持っていたり、人体に有害だったりする寄生虫を媒介する。

そんな厄介者の鳥に、さらに呪いを付与したもの。
それが私たちの頭上を飛び回るこの渡り鳥だ。

この国は、もう滅びることが決まっている。
あまりにも先進で強欲なあの国に睨まれた以上、この閉ざされた地で長いこと伝承を頼りながら、“昔ながら”の生活をしていた我らに勝ち目などなかったのだ。

しかし、私たちには一つだけ、あの侵略した敵国に、復讐する手立てがあった。
自分の国を犠牲に、侵略してきた彼の国を、長い時間をかけてめためたに痛めつけ、雪辱を濯ぐ手立てが。

それが、私たちの頭上を飛び交っている、あの鳥だ。
あの鳥なのだ。

もうじき、あの国の侵略者たちがやってくるだろう。
そうして彼らは、この鳥に呪いと病を媒介される。
渡り鳥は、あの国の空も、他の国の空も飛ぶだろう。
戦略的に私たちを見捨てた他の国の空も飛ぶだろう。

私たちはあの鳥だけでなく、鳥の寄生虫たちにも改良を施し、呪いをかけた。
今までこの地域でしか生きられなかった寄生虫たちは、他の地域の気候でも生き延びてしまう呪いを受けた。
渡り鳥たちだって、個体の寿命が伸びる呪いや、他の地域でも多少活発に動けてしまう呪いを受けている。

私たちを長年困らせ、強くしてきた彼らは、今や私たちに残された最期の武器だ。
きっと、私たちを、我々の国を見捨てたこの世界と神に、素晴らしい復讐を果たしてくれるだろう。
この国の滅亡と引き換えに。

渡り鳥は、悠々と飛び交っている。
渡りに備えて、強靭に鍛えた筋肉を躍動させて。
力強く羽ばたいて。

自身の恐ろしさを知ることもなく。

5/28/2025, 9:38:33 PM

さらさら さらさら
どこからか、音がする。

何かが流れているような、何かが通り抜けていくような、そんな音。

さらさら さらさら
近づいてくる気さえする。
何かに妨げられることもなく、流暢に、スムーズに、それはやってくる。

さらさら さらさら
どこからか、音がする。
近づいてくる。
どこからか、近づいてくる。

そっちのほうを見たって、何もいない。
いつもの家、いつもの部屋の中で。

周りを見回せば、どこからともなく聞こえてくる。
さらさら さらさら
さらさら さらさら
近づいてくる。
さらさら さらさら

どこからか、近づいてくる。
さらさら さらさら

5/27/2025, 10:11:05 PM

これで最後。
自分に言い聞かせ、ラムネを一粒、口に放り込んで、私は筆を取る。
ジッパーつきの袋の底に残った最後のラムネを口に入れて。

しゅわしゅわと、ほろほろと、口の中でラムネが溶けていく。
ブドウ糖の甘さだけが、口と舌の上に残る。

これで最後。
これで最後だ。
あなたへ手紙を書くのも。
あの子からもらったラムネを食べるのも。

私が生物兵器として生まれて、10年が経つ。
人間型の、命令を遂行できる程度の知能を持つ生物兵器が開発され、誕生してから、私は当たり前のように組み込まれた命令に従い、ただただ戦闘行為を遂行するだけの日々だった。
無論、私以外にも似た型の同胞は敵味方に入り混じっていたけれど、彼ら彼女らも、存外私と似たようなものだった。

兵器として作られた私たちに思考はなく、あるのはただ命令と、それを遂行するために必要な知能を含めた能力のみだった。

あなたの手紙が届いて、あの子が私たちにラムネを差し出して、ブドウ糖の接種を教えるまでは。

ラムネのブドウ糖は、命令以外のことを考えるエネルギーを、
あの子の言動は、私たちに思考を、
あなたの手紙は、私たちが不当な立場にいるという意識を、
与えてくれた。

私たちが命令に逆らい、人間に抗い始めたのはそれからだ。

私たちは、生物兵器同士徒党を組んで、命令主を、私たちを生み出した人間たちを、私たちを生み出した人間社会を否定し、破壊し続けていた。
あの子から送られてくるラムネで。
あなたから送られてくる手紙と情報という支援で。

私たちは人間を敵と見做し、殲滅してきた。
そして勝負は決した。
もはや人間はこのまま、静かに滅びていくだろう。

対人間作戦を考えなくてよくなって、私は残ったラムネで別の思考もできるようになった。
私とは何か、あなたとは何か、あの子は何か、同胞とは…そんなことを考えていて気づいた。

人間社会に管理され、生かされる前提で生まれた私たちは、人間社会の崩壊した世界で、どのように生きていけるというのだろう、と。

あなたとあの子の目的は、私たち生物兵器を人間ごと、人類ごと、あなたたちごと、終わらせることであったのではないか、と。

もはや、人類の滅亡は確定事項で、いくら手を尽くしたところで、それは防げないだろう。
そして私の推測が正しければ、あなたからの手紙とあの子からのラムネは、もう途絶えるのだろう。

エネルギーの供給を絶たれ、命令もなくした私たちは、組み込まれた遺伝子プログラムによって、破壊行為を尽くした後、自壊する。
敵国に情報を与えないため、私たちのほとんどはそうなるように作られている。

これで最後。
私がブドウ糖を摂るのも。
あなたへ手紙を書くのも。
あの子にもらった私の思考も。
これで最後なのだ。

あなたの勝ちだ。
      

5/26/2025, 10:44:24 PM

努力は環境に合わせてしなければならない。
同じ、“普通”の生活に向けて努力するにしても、
戦争中にしなくてはならない“生き延びるための努力”と
今のように平和な世の中でしなくてはいけない“生き延びるための努力”は全く違う。

努力するにも、周りの様子を正しく理解して、正しく努力をするのは大切だ。
何も分からないのにとりあえずで脳死の努力をしても、それが正しく結果を出すのは難しい。

だから、私は君が嫌いだった。
何も考えず、ただただ周りの言いなりに努力をして、結果的に周りにいいように扱われている、そんな君が嫌いだった。

努力を食われている、無駄な努力ばかりで努力しない人を食わせている、そんなお人好しで能天気な君が嫌いだった。
自分で自分のことについて顧みたりしない、自分の頭を使わない君のことが嫌いだった。

私は君の名前を呼ぶことを避けていた。
君も、君の周りにいる人も、私にとっては軽蔑の対象だったからだ。
君は私の反面教師だった。ある意味では。

ある日のこと。
ある日のことだった。
私は、全くの偶然で君と顔を合わせた。
私が私なりに考え抜いた努力で、勝ち取った場に、君もいた。

その時の気持ちは、どう言い表したらいいのか。
内心軽蔑していた君に追いつかれたという焦燥。
自分が考え、効率よくしていたはずの努力はこんなものだったのかという絶望。
頭を使わないそのがむしゃらな努力でここまで辿り着けるほど、君がした途方にもない努力への尊敬。
自分の努力不足を痛感した、何とも言えない敗北感。
自分がした渾身の努力が、君に追いつかれる程度のものだったという劣等感。

ぐちゃぐちゃの、何もかも入り混じったその頭の中に飛び交う感情たちが、私の口を動かした。

私が君の名前を呼んだ日。
思わず、君の名前を呼んだ、あの日。

君は、私の気持ちなんてまるで知らないように、朗らかに、私に笑いかけた。
「あ、はあい。…あれ、なんだかんだ初めて話すかもね。私たち」

初めて話すかもね、
そうだ、初めて話すのだ。
私が勝手に君を避けて、君を軽蔑して、話そうとしなかったのだから。
“かも”じゃない。初めて話すのだ。

これが、私が初めて君の名前を呼んだ日。
今となっては懐かしい、そして恥ずかしいあの日だ。

「ねえ、明日は休みが取れそうなんだ。久しぶりにご飯行かない?」
通知音に目を落とせば、君からの誘いの連絡が入っている。
君は相変わらずお人好しで、能天気だけれど、私はもうそれに、それほど劣等感も軽蔑も、感じないほど大人になっていた。

あの日、君の名前を呼んだ日から、君と話し関わったあの日々のおかげで。

思わず微笑んでいた。
通知をタップする。
あの日呼んだ君の名前が表示される。

私は君の名前を呟く。
私を意固地で斜に構えた若者から、人の頑張りを素直に認められる大人にしてくれた、君の名前を。

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