薄墨

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これで最後。
自分に言い聞かせ、ラムネを一粒、口に放り込んで、私は筆を取る。
ジッパーつきの袋の底に残った最後のラムネを口に入れて。

しゅわしゅわと、ほろほろと、口の中でラムネが溶けていく。
ブドウ糖の甘さだけが、口と舌の上に残る。

これで最後。
これで最後だ。
あなたへ手紙を書くのも。
あの子からもらったラムネを食べるのも。

私が生物兵器として生まれて、10年が経つ。
人間型の、命令を遂行できる程度の知能を持つ生物兵器が開発され、誕生してから、私は当たり前のように組み込まれた命令に従い、ただただ戦闘行為を遂行するだけの日々だった。
無論、私以外にも似た型の同胞は敵味方に入り混じっていたけれど、彼ら彼女らも、存外私と似たようなものだった。

兵器として作られた私たちに思考はなく、あるのはただ命令と、それを遂行するために必要な知能を含めた能力のみだった。

あなたの手紙が届いて、あの子が私たちにラムネを差し出して、ブドウ糖の接種を教えるまでは。

ラムネのブドウ糖は、命令以外のことを考えるエネルギーを、
あの子の言動は、私たちに思考を、
あなたの手紙は、私たちが不当な立場にいるという意識を、
与えてくれた。

私たちが命令に逆らい、人間に抗い始めたのはそれからだ。

私たちは、生物兵器同士徒党を組んで、命令主を、私たちを生み出した人間たちを、私たちを生み出した人間社会を否定し、破壊し続けていた。
あの子から送られてくるラムネで。
あなたから送られてくる手紙と情報という支援で。

私たちは人間を敵と見做し、殲滅してきた。
そして勝負は決した。
もはや人間はこのまま、静かに滅びていくだろう。

対人間作戦を考えなくてよくなって、私は残ったラムネで別の思考もできるようになった。
私とは何か、あなたとは何か、あの子は何か、同胞とは…そんなことを考えていて気づいた。

人間社会に管理され、生かされる前提で生まれた私たちは、人間社会の崩壊した世界で、どのように生きていけるというのだろう、と。

あなたとあの子の目的は、私たち生物兵器を人間ごと、人類ごと、あなたたちごと、終わらせることであったのではないか、と。

もはや、人類の滅亡は確定事項で、いくら手を尽くしたところで、それは防げないだろう。
そして私の推測が正しければ、あなたからの手紙とあの子からのラムネは、もう途絶えるのだろう。

エネルギーの供給を絶たれ、命令もなくした私たちは、組み込まれた遺伝子プログラムによって、破壊行為を尽くした後、自壊する。
敵国に情報を与えないため、私たちのほとんどはそうなるように作られている。

これで最後。
私がブドウ糖を摂るのも。
あなたへ手紙を書くのも。
あの子にもらった私の思考も。
これで最後なのだ。

あなたの勝ちだ。
      

5/27/2025, 10:11:05 PM