薄墨

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渡り鳥には優れた方向感覚がある。
何万キロを、時には天敵に追われたり、餌を獲ったりしながら飛び続けて、最終的には例年通りの場所へ、辿りつく。

渡り鳥は決して気楽な鳥ではない。
渡るための準備も必要だし、時期も決まっているから、彼らは常に“渡り”に追われている。
鳥籠の鳥よりずっと、律儀で、ストイックで、不自由で、気忙しい。

そんな渡り鳥に戦略的価値を見出した人間は、よほどの慧眼だったに違いない。

頭上を渡り鳥の亜種が飛び交っている。
この地域に来る渡り鳥の中で、最も厄介で、最も遠くまで行く鳥の改良版だ。

飛び回るかの鳥たちは、鳥それ自体には何の危険もない。
ただ、彼らは病原体を持っていたり、人体に有害だったりする寄生虫を媒介する。

そんな厄介者の鳥に、さらに呪いを付与したもの。
それが私たちの頭上を飛び回るこの渡り鳥だ。

この国は、もう滅びることが決まっている。
あまりにも先進で強欲なあの国に睨まれた以上、この閉ざされた地で長いこと伝承を頼りながら、“昔ながら”の生活をしていた我らに勝ち目などなかったのだ。

しかし、私たちには一つだけ、あの侵略した敵国に、復讐する手立てがあった。
自分の国を犠牲に、侵略してきた彼の国を、長い時間をかけてめためたに痛めつけ、雪辱を濯ぐ手立てが。

それが、私たちの頭上を飛び交っている、あの鳥だ。
あの鳥なのだ。

もうじき、あの国の侵略者たちがやってくるだろう。
そうして彼らは、この鳥に呪いと病を媒介される。
渡り鳥は、あの国の空も、他の国の空も飛ぶだろう。
戦略的に私たちを見捨てた他の国の空も飛ぶだろう。

私たちはあの鳥だけでなく、鳥の寄生虫たちにも改良を施し、呪いをかけた。
今までこの地域でしか生きられなかった寄生虫たちは、他の地域の気候でも生き延びてしまう呪いを受けた。
渡り鳥たちだって、個体の寿命が伸びる呪いや、他の地域でも多少活発に動けてしまう呪いを受けている。

私たちを長年困らせ、強くしてきた彼らは、今や私たちに残された最期の武器だ。
きっと、私たちを、我々の国を見捨てたこの世界と神に、素晴らしい復讐を果たしてくれるだろう。
この国の滅亡と引き換えに。

渡り鳥は、悠々と飛び交っている。
渡りに備えて、強靭に鍛えた筋肉を躍動させて。
力強く羽ばたいて。

自身の恐ろしさを知ることもなく。

5/29/2025, 10:51:52 PM