薄墨

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4/17/2025, 2:32:34 PM

真っ黒な 右手の側面 春の宵

ふつふつと 静かな情熱 キーに込め
 自ら夜景に なる夜半の春

朧月 目にふやけるは 静かな情熱

4/16/2025, 10:33:00 PM

所詮はね、対岸の火事。対岸の火事だ。
小さく聞こえる遠くの声をそう思い込みたくて、自分に言い聞かせる。

不快な、理不尽な、それでいて自分勝手な声は、遠くから、細波のように聞こえている。

目を閉じて、脚を折る。
細波がざわめき、少し大きくなって、騒がしくなる。

ニンゲンという種族は、とても遺伝子に忠実で、合理的な生物だ。
自分の種族を繁栄させ、生かすための合理的な進化を遂げている。
遠くの声の主、ニンゲンたちは、その進化の、自分たちの遺伝子が導き出した正解に忠実に従っている。

自分の種族だけで群れ、自分たちの種族を他の生物より優位である、という常識。
とりあえず、同胞たちの記録によるデータを信じて、頼れそう、利用できそうなものはとりあえず、なんでも一度利用してみる、という逞しさ。
他の生物を利用して繁栄を享受するには、これくらいの強かさが必要なのだろう。

だから、私はこんなところにいるのだ。

私たちクダンの予知は、あくまで敏感な感覚や蓄積した経験から導き出される予測予知であり、ニンゲン界でいうところの天気予報程度の意味しかないというのに。

それを知り得ないニンゲンは哀れなことに、
こうして私のように、若いクダンを捕まえて、もてなし、「予知をしてほしい」と、ちくばくに希ってしまうのだろう。

できることなら、精度の良い予知をしてやりたい。
しかし、私はまだ若い。
聡い感覚はまだ研ぎ澄まされていないし、賢い経験はまだそれほど積み重なっていない。
クダンは歳をとるほど、精度の良い予知ができるようになるのだ。
ニンゲンの言い伝えで「クダンは予知をすると死んでしまう」というのは、なんてことはない、当たるほど精度のある予知をできるクダンはみな年寄りで、余命幾ばくかであったということだけなのだ。

まだたった100年しか生きていない、若輩の私には、まだまだそのレベルの予知はできない。
未来予測のような予知をするには、少なくともあと1000年は…。

テキトウでも何か予知をすれば、ニンゲンは私を解放するだろう。
しかし、自分たちの村落の命運を握る予知を、勘違いのためにこんな私に頼ってしまっているこの哀れなニンゲンたちに、テキトウな予知を投げるなんてこと、と躊躇ってしまうのだ。

遠くの声。
哀れっぽく、必死なニンゲンたちの声。
理不尽で、逼迫した、哀れな状況に置かれたニンゲンたちの、悲しく、理不尽な声。

ニンゲン、他種族の置かれた状況なんて、対岸の火事だ。
彼らが無慈悲に他種族を利用するように、私だって彼らから逃れるためにテキトウな予知をしていいはずだ。
していいはずなのに…。

ニンゲンの声から、できるだけ心を遠ざける。
あれは遠くの声。
対岸の火事。
自分に言い聞かせる。

遠くの声、ニンゲンの希う声が聞こえる。
遠くのはずなのに、遠ざけたはずなのに。
だんだん、細波のように私の心に近づいてくる。

目を閉じたまま、耳を伏せる。
遠くの声は、まだ聞こえている。
聞こえている。

4/15/2025, 2:14:13 PM

猫が発情している。
外は、煩いくらいに春だ。

いちごジャムで指を汚しながら、ジャムサンドをラップに包む。
不器用さの象徴のような、ベタベタとうっとおしいこの指も、あなたがいれば「そんなとこも好きだよ」なんて言われてドキッとしながら安心して、少し自分が好きになったりして…なんて。

そんなことを考えながら、人差し指を舐める。
甘くて、すっぱい。

恋には、安心感が大切なのか、緊張感が大切なのか、決めかねていた。
切り落としたパンの耳を前に油を出すべきか、と悩むように、なんとなく決めかねていた。

一緒にいる時の、穏やかな安心感も、ふとした時に感じる、衝撃のようなドギマギとした緊張感も、心地よくて芯の芯からざわざわとして、本当に、愛していた。

でも、そういう気持ちがどこからともなく込み上げて、訳もなく、自分の考えが幸せな子どものように戻ったり、多幸感でそわそわと浮き足だったり、そんな時には、自分が自分でなくなってしまったような不安感がある。

自分が、いつもの自分でないような感じがする。

だから、私は決めあぐねていたのだ。
恋に、安心感と緊張感はどちらが大切か。
私はこのまま、両方を感じ続けて、恋の最中で自分を見失ってばかりでいいのか。
なんとなく不安なのだ。

外で発情している野良猫のように。
あるいは、春にだけ乱れ飛ぶ蝶のカップルのように。
あるいは、むやみやたらに恋をしたがるスギ花粉のように。
そのほか、本能で、気の、感情の向くままに、春恋に溺れる全ての生物のように。
そんな中に。
春恋に取り込まれて、春恋に溺れていいものなのか。
こんなに暖かくて、天気が良くて、恋日和の小春日和には、ふと、不安になる。

だから、不安だから、ジャムサンドを作った。
あなたと食べるための。

なんとなく浮き足だって、せかせかして、暖かくて、幸せそうで、でも何か、何か日常とは違う。
そんな不安定で、不気味で、それでも幸せな、なんか春恋みたいな食べ物を、食べたくて。
他でもない、恋人のあなたと分け合ってみたくて。

いちごジャム、なんて、いかにもすぎて恥ずかしいジャムサンドイッチを、私は作ったのだ。

恥ずかしいくらいにいかにもなバスケットに、いちごジャムサンドをしまう。

モンシロチョウのカップルが、ちょっと目に余るくらいベタベタと戯れながら、窓の外を横切っていく。

恋は、殊に春恋は、浮かれすぎている。
だから不安なのだ。

自分が自分でなくなるような気がして。
私たちが私たちでなくなるような気がして。
勢いと、春の呑気な日和だけで、とんでもないことをしでかしてしまいそうな気がして。

春恋は危険。危険なのだ。
そんな気が、そんな不安が、するのだ。

いちごジャムサンドを入れたバスケットに、チェックの布をかける。
画面の向こうの北欧の景色に出てきそうな、いかにもって感じの、チェック柄の、テーブルクロスみたいな布。

出来上がった、春恋の塊みたいなバスケットを持つ。

春恋は怖い。怖いのだ。
浮つきすぎて。

安心したくて、春恋の塊みたいなバスケットの柄を握りしめる。
地に足ついた現実みたいに、強く握る。

そうして、私は出かける。
あなたの元へ。
春恋に飲み込まれないために。
安心するために。
不安になるために。

私は、出かける。

4/14/2025, 10:51:03 PM

定規を当てて、直線を引く。
パワードスーツの設計図が出来上がった。
しかもただのパワードスーツじゃない。
負のエネルギーをエネルギーにできるバネ型の、ほかに類を見ないパワードスーツだ。

「ヒーロー」という華やかな汚れ仕事が一般化して、5年が経とうとしている。
テロや殺人、反乱の扇動などを行ういわゆる平和の「敵」と戦ったり、5年前に唐突に現れた、侵略者の宇宙人などの「怪物」と戦ったりするヒーローは、その華やかさと政治的な便利さから、危険ながらも、一躍、花形の仕事として定着した。

そして、そんなヒーローの活動を支えるため、人体の身体能力を飛躍的に向上させる、パワードスーツの需要と技術も、めざましい発展を遂げた。

従業員一人ひとりに配備するにはあまりに高級品で、工業業界や介護業界などにも見向きもされなかったパワードスーツは、思わぬ活躍の場を得たのだ。

パワードスーツと正義感の強い一個人でもって、一騎当千の精鋭を何人か作り出し、コストのかかる軍隊の代わりに、治安維持に努めさせる。
瞬く間に、そんな未来図が描かれ、実現されつつあるのだ。

僕は、そんな社会でパワードスーツの設計者となった。
僕も一塊の少年の例に漏れず、少年期には無邪気にヒーローに憧れていたけれど、
臆病で、保身的で、自分の命と引き換えに見ず知らずの人を守るなんて勇気のいることは、足が震えてとてもできない僕は、ヒーローには向いていなかった。

だから、パワードスーツを作ることにしたのだ。

そういうわけで、僕はパワードスーツの設計を完成させた。

独立して初めてのこの依頼は、変わった依頼だった。
パワードスーツにはエネルギーがいる。
普通は、パワードスーツを動かすそのエネルギーは、正のエネルギーを用いる設計にする。
声援とか、希望とか、そんなエネルギーを。

ヒーローのパワードスーツは、ヒーローの身体に埋め込む。だからエネルギー切れは危ない。最悪、身体ごと燃え尽きる。
それに、正のエネルギーである声援や希望は、ヒーローのモチベーションにつながる。
世の中が平和になればなるほど、正のエネルギーは増大するし、浴びるのが気持ちいいから。
だから、パワードスーツには正のエネルギーを当然のように使うのだ。

しかし、僕の依頼主は、パワードスーツのエネルギーに負のエネルギーを希望した。
わけを聞くと、彼女はこう答えた。
「だって、平和のためにとはいえ、人を簡単に打ち任せる武力を持った人間が、平和で武力のいらない世界でのうのうと生きるわけにはいかないでしょ?新たな争いの火種になるかもしれない」
だから、彼女は続けた。
「平和な世、ヒーローがいらない世になったら、真っ先に退場できるヒーローになるの。私は。」
負のエネルギーを希望に変えるヒーローって、かっこいいでしょ?
そう言って依頼主は笑った。

彼女の描く、ヒーローの描く未来図を見て、しみじみと僕はヒーローになれないと、思い知った。
せめてその、凄まじい自己犠牲のもとに成り立つ未来図を、完成させる手伝いをしたいと思った。
だから、必死に作り上げることにした。
彼女の依頼に、彼女の未来図に、ヒーローとしての覚悟に叶う、パワードスーツを。

かなり難しかったけど、かっこいい形になりそうだ。

僕はヒーローにはなれない。
でもきっと、ヒーローの未来図を描くための、定規にくらいならなれる。

僕はパワードスーツを作る。
将来、依頼主を殺すかもしれない、かっこいいパワードスーツを。
彼女の未来図通りに。

4/13/2025, 1:03:01 PM

花びらが 酒をひとひら 舐めるのも
 待てずにあおる 桜風の宵

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